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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

日本宣教12-天正遣欧少年使節出発

2020.04.19 11:04

1581年、信長は来日していたイエズス会東洋巡察使統括のヴァリニャーノと会見した。このとき黒人従僕を見て珍しがったため、信長に献上された。その後近習となり、本能寺で生き残る「弥助」である。信長はヴァリニャーノを諸大名を集めた馬揃えに誘い、さらに安土城にて会見した。

ちょうど盆の時期であり、信長は巡察使に、城下の明かりを消して、城だけをライトアップして見せた。その前にフロイスに代わったオルガンチーノを招き、地球儀を見ながら談義をしている。信長の頭の中には世界に伝わるという意識があったろう。

そして安土にキリスト教学校セミナリオを建てる許可が下りた。すでに京都に建てる準備をしており、翌年には完成し、評判をとった。ここには厳選して10人の武士の子が入った。信長がキリスト教を奨励しているという噂が立ち、改宗する者が増えた。

ヴァリニャーノは、日本を去るに当たり、日本布教の成果を教皇に見せるために、欧州訪問使節を計画した。そして本場を見た日本人が居ればもっと布教がすすむだろう。九州キリシタン大名の縁戚より4人の少年が選ばれ、82年1月、彼らは「天正遣欧少年使節」として欧州に出発した。

下は大河ドラマより安土城ライトアップ