Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

うさねこまったり

病気と私 24

2020.04.19 14:27

誤字脱字等、その他本文のおかしなところは、随時修正していくつもりです。

お気づきの点などありましたら、どうかコメント欄で教えてください。

よろしくお願いします。


----- 1982年6月 -----


その日は、父がバイクで迎えに来てくれて家まで戻り、昼ご飯を食べてからすぐに支度をして家を出た。


高校までの道のりは、いつもはバス、時々父のバイク、時々兄の車だった。

毎日通っていた道も、自転車で進むと全く知らない場所を走っているみたいに新鮮だった。

ちょっとした坂道も、思ったより超えるのが大変だったり、下り坂でスピードが乗ると顔を上げて風を受けるのが気持ちよかったり、信号で停止すると足が地面につかなかったりと、色んなことがあった。

足に力がなかったので、坂の途中で止まってしまい、自転車を降りて上った場所もあった。


ゆっくりではあったが、順調に進んでいて、高校まで残り1/3を残すあたりまで来た時、後ろからクラクションを鳴らされたので止まって振り返ると、兄が車で私の後ろをついてきていた。

兄は、これから”〇〇”をするので(兄には何か用事があって行かなくてはならない所があったようだったが、よく覚えていない)、お前は家に帰れと言われた。

私は曖昧な返事をしたのだが、兄はそのまま私を追い抜いて先に行ってしまったので、

せっかくここまで来たのだから、高校まで行ってから帰っても時間はあまり変わらないだろうと思い、また学校に向かって自転車を走らせた。


学校へ行く道順で、一か所だけバスが通らない近道があった。

そこは、とても狭い場所がある道路で、電車の線路をまたがないと通れないところだった。

バスは、その線路のある狭い道を大きく迂回して作られた橋梁を使って通っていた。

新しく作られた道は、高校へ行くにはとても遠回りになる道だったが、坂の度合いがすこし緩やかだったので、遠回りだったがいつもバスで通っている道路を通った。


高校に到着すると、私服で学内に入ることがなにか後ろめたいような気になったが、思い通りに到着できたことが、とても嬉しかった。

部室に行くと、一人だけ残っている女子の先輩がいて、「みんな今日は早く帰っちゃったんだ、それでどうしたの?」と聞かれたので、「暇だったので家に帰ってから自転車でここまで来てしまいました」というと、「そうなんだ」と笑っていた。

そして、兄に帰れと言われたことも気になっていたので、早く帰ろうと思ってすぐに部室から出て今度は、家に向かった。


帰りは、少し近道をしていこうと思い、来るときに通らなかった狭い道を通っていくことにした。

風が気持ちよかたし、景色も見ながら進みたかったので、ハンドルの上を握って、上半身を起こして顔を上げて自転車に乗っていた。

大通りから、右に曲がり近道の狭い道(車は1台しか通れない)に入ると、すぐに坂道になっていることは何度か通って知っていたので、少し勢いをつけて大通りからスーッと曲がって入った。


対向車が来ると危ないと思い、左ぎりぎりに大きく曲がって入ったら、目の前に急に壁が表れて、ブレーキに手を移動する間もなく激突してしまった。(この数秒間の記憶がほとんど無くなっていてよく覚えていないのだが、もしかしたら対向車が来ていたのかもしれない)


活字では説明しにくいのだが、道路の左端は、全てが道路ではなく、銀行の裏口に続く通路の一部だったのだ。そして私は、その通路の先にある銀行裏口の階段に前輪が当たり、前のめりになって顔面からドアに激突したのだ。

(その時は気を失っていたので、後で調べてどうなって壁に激突したのかを知っただけで、事故を起こした時の記憶はほとんどない)


私は何も覚えていないのだが、銀行員の話だと、私に声をかけると、自分の名前と病気、そして、すぐ注射を打ってもらわないといけないので総合病院に運んでもらいたいと伝えたそうだ。そこから救急車で運ばれたのか、誰かが運んでくれたのかも全く覚えていない。

銀行員の人が、あんな状態なっていたのに、自分のことを話せるなんて、すごい気力だと驚いていたそうだ。

総合病院に運ばれて、そこに兄と母が来た。

ふたりが駆け付けたときに、病院では大変なことが起こっていた。


血液製剤を発注していなかったのだ。


#血友病#血液製剤#自転車事故