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砕け散ったプライドを拾い集めて

タールの沼

2020.04.22 01:31

大型ソフトウエア開発のバイブルと言われている『人月の神話』という本を読む羽目になった。フレデリック・ブロックスがIBMに在籍時代に史上最大の難関プロジェクト(費用約50億ドル。工数は「5000人年」)と言われているメインフレーム並びにそのオペレーティングシステムの開発の全過程をプロジェクト・マネジャーとして関わったことを〝卒業論文〟として残したもので、出版以来40年以上も経っているのに、その業界では「バイブル」とされているもの。

 

この極めて理系の本を文系のものが読むのにはタフすぎる。険しい山の二合目へ達する前に遭難してしまった。

その表紙に描かれているもっさりした獣が気になりながら、ページをめくると第一章が「タールの沼」となっている。
「タールの沼に落ちた巨大な獣が死にもの狂いで岸に這い上がろうとしている光景ほど、鮮烈なものはない。……タールに捕らえられまいとしてもがく……激しくもがけばもがくほど、タールは一層絡みつき、ついには沈んでいってしまう」という書き出しになっていた。

そこで思い出した。 ロスアンジェルスの街中にある『ハンコック公園』のなかに『ラブレア・タール・ピット博物館』(「ラ・ブレア」というのが既にスペイン語で「タール」という意味)がある。その公園内に近くの「ソルトレイク油田」から滲みてきて、軽い揮発分は飛んだ「タールの沼」が100以上ある。この沼には水も一緒に湧いて来ているので、青空が映って普通の沼に見える。ここへ多くの動物たちが水を飲みに来てタールに嵌まり、沼に沈みそのまま永久保存の標本になってしまった。

(サーベル・タイガー)

もともとは「マンモス」や「サーベルタイガー」を見に行ったのであったが、そこに「もっさり」も居た。それが「オオナマケモノ」(ground sloth)であった。 愛嬌のある顔で木にぶら下がっているナマケモノの親戚らしいのだが、「定向進化」のスイッチが入り、アフリカ象くらいの大きさになってしまったという。



しかし、氷河期の頃、人類がアメリカ大陸に進出して来たのと期を一にして絶滅してしまったという。多分動作が緩慢で穏やかな性質の彼らをホモ・サピーエンスが食べ尽くしてしまったのだろう。
この人間という種族は北アジアのステップに無数にいたモンモスでさえも食べ尽くした位に獰猛なんだから。

とにかく、そのslothがいるのは、「タールの沼」のほとりなのだ。
slothには英語でも「怠け者」「怠慢」の意味もあるので、ブロックスはこのground slothを隠喩に使っているのだと分かった。

 展示されていたそれぞれの巨大獣の骨格にタールが染み込んでいて黒い。アメリカ人が得意とするディスプレイが楽しい。

壮大な時の流れのなかにいることを感じさせられる「タールの沼」であった。