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本の紹介 『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(岸本聡子著)

2020.04.28 03:39

 『ふらっとライフ』第十章では、インドで「命の源」である水にアクセスする権利を守るために闘っている人々を紹介しました。ここでは、南インドのケララ州の住民運動として、自分たちで水道をつくってしまったオラヴァナ村の話と、地域水源を奪ったコカコーラ工場に反対したプラチマダの人々の話を取り上げています。


 では、この水の問題はインドのような第三世界の国々だけの話なのでしょうか? もちろん、水を飲めなければ誰でも死んでしまいますし、洗濯や手洗いなどに生活な水を使うことが重要のなのは、人間であれば誰でも同じです。「水の権利」は人類すべてにとって重要な人権なのです。

 そこで、日本を含む先進国の「水の問題」についても考えてみたいと思います。

 実は、先進国でも水道の運営が民間企業によって行われるようになった結果、水道料金の値段が高騰したりといった問題が出てきています。1990年代に、こういった公共サービスも民間企業が行った方が効率が良いため、税金が節約できる、という議論が流行っためです。しかしこれら「民営化」は失敗だったという論調が広がり、世界各地で水道運営をもう一度、自治体の運営に戻す(「再公営化」)ところが増えています。

 この問題を扱ったのが、オランダのNGOであるトランスナショナル・インスティテュート(TNI)で研究員として活動する岸本聡子さんの新著『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』です。 TNIについては、『ふらっとライフ』十章でもちょっと触れていますので、お読みになった方は思い出されるかもしれません。

 『水道、再び公営化! 』では、フランスのパリやスペインのバルセロナなどで水道が再公営化された経緯が解説されています。再公営化すると同時に、市民が運営を監視する制度が導入さるなどの改革も行われたことにより、値段も安くなり、また地域の環境を守る活動にも資金を投入することができるようになりました。パリで再公営化を推進した緑の党のアン・ル・ストラ副市長(当時)によれば、民間企業は水道事業からの収益を総売上の7%と説明していたが、見直しを行った結果、15%近くあったのではないかと考えているといいます。これら「利益をあげる」必要がなくなったことや組織の簡略化によって、パリ市はパリの水道料金を8%下げることに成功しました。

 こうした、地方自治を強化し、またそういった自治体同士が国の枠組みを超えて連帯していく運動を「ミュニシパリズム」と呼んでいます。本書では、この「ミュニシパリズム」の国際的な広がりについても解説されています。

 日本はどうかといえば、今のところ水道は公営が原則です。しかし、2013年に訪米していた麻生太郎財務大臣・副首相がCSIS(戦略国際問題研究所)というシンクタンクでの講演で(日本では)「水道はすべて国営もしくは市営・町営でできていて、こういったものをすべて民営化します」と唐突に宣言しました。2018年には運営権を民間に売却するコンセッション方式(同方式とPFI等のこれまで取られてきた方式との違いは本書を参照していただきたい)を可能にする改正水道法が成立しています。これを受けて宮城県が条例を改正、2022年4月から「コンセッション方式」での運営を開始することが予定されているのです。一方、この方式に対する反発も強く、浜松市は市民による反対運動を受けて、導入を断念しました。

 しかし、人口減に悩む日本の多くの自治体では、水道事業をどう維持するかは大きな問題です。その中で、今後も「民間企業を使う」というアイディアが魅力的だと思う首長は出てくるでしょう。しかし、それが本当に住民が水を使う権利を保証することになるのか、突然料金が高騰したり、水を止められる人が出てきたりはしないのか、水道管などのインフラ更新や地域の水系の環境保全に適切な予算が使われるのか、そして、それらを担保するために、住民が水道会社を十分に監視できる制度が整っているのか、といったことは慎重に考える必要があるでしょう。

 本書で扱われた欧州では水へのアクセスは基本的人権であると認められてきていますが、資本主義の進んだ米国では、一方で水道料金が払えなくて水を止められた家庭も少なくありません。米国で新型コロナウィルスの被害が大きいことの一因に、貧困層が十分に手洗いなどの水を支えていない現状があるのではないかという指摘もあります。

10年後の日本がどちらであるべきか、そのために「市民」として皆さんが何をすべきか、本書を読んで考えてみてください。