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4/30 つぶあんvsこしあんvsダークライ 佐藤

2020.04.30 09:37

"なんのために生まれて なにをして生きるのか

こたえられないなんて そんなのは いやだ!"


"なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ

わからないままおわる そんなのは いやだ!"



「アンパンマンのマーチ」歌詞リンク

http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=E02014



恐らく誰もが聞いたことのあるであろう楽曲らアンパンマンのマーチ。


子ども向けアニメのOP曲としては、思わず笑ってしまうほど力強い言葉が並んでいる。


その歌い出しでは、自己の生きる意味を、そして自己の価値観の確立を、渇望している。


この部分に関して、私は言葉があまりに強すぎると常々感じていた。



誰もが、そこまではっきりとした自己を持っているだろうか?

少なくとも私は齢24を迎えてなお、自分という存在の輪郭を捉えきれていない。


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就職活動の中では、そうした自己の決定を余儀なくされるプロセスがある。


いわゆる自己分析という奴だ。

自分の過去の経験から、自分の価値基準や能力をはっきりさせる作業、といったところだろうか。


これは、私にとっては小説のプロットを作るような作業であった。

過去の経験にこじつけて、"現在の自分"の虚像を作り上げていく作業。


実際には、はっきりとした価値観・判断基準など存在しないのだ。


状況次第で、論理で動くことも感情で動くことも、リーダーになることも補佐になることもある。

人間はそんなに単純にはできていない。


そして志望動機も、虚像の自分とこじつけて書くことになる。

もともとこれっぽっちも持ち合わせていないマインドを、あたかも長い時間をかけて熟成されたものかのように見せかけることになった。


ところがある日、不思議な現象が起きていることに気づいた。


志望動機を書いたり、面接で話したりしているうちに、作り出した虚像の自分が、いつのまにか現実に自分のマインドセットとなっていたのだ。


1ミリも持ち合わせていなかったモチベーションが、気づかぬうちに湧いてきていたのである。


自己の経験と整合性のとれるストーリーであるがために、暗示にかかったようなものなのか。


何にせよ、人の心情とはこうも曖昧で不確かなものなのかと、思い知らされる出来事であった。


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コロナウイルスの影響で、長い時間を家で過ごす日々が続いている。


特に私は、就職活動にかこつけてほとんど家を出ることがなく、時間が止まっているような感覚の中に浮かんでいた。


そんな最中の2週間ほど前、就職活動が落ち着いてきたこともあり、久しぶりに台原森林公園をjogしてみた。


すると、暖かな日差しが降り注いでいた。


走る度にタイムが悪くなるのが嫌になって走らなくなった頃は、まだ凍えるような風が吹き荒れていたのに。


そして、桜が溢れるほどに咲いていた。


とても綺麗だった。


私の時間が止まっていても、季節はずっと動いていた。


そして、春風で散り始めた桜の花びらとともに、私の時間も動き出したような気がした。


それをきっかけに、継続して走るようになった。


そんな程度のことで変わるくらいには、人の心は気まぐれだ。


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コロナウイルスが終息すれば、騒ぎすぎだったよなーなんて語り合う日が来るかもしれない。


或いは終息などせず、数年後には当然罹りうる恐ろしい病気として受け入れられているかもしれない。

世間の感情だって曖昧に移ろうものだ。


どんな結末を迎えるにしろ、それまで家に篭って生活する間、確実に時は過ぎ、季節は変わっていく。


その時間を何をして過ごすのか。


心情なんてものは、捉え方次第で簡単に変わってしまう、変えられるものだ。


私は前を向いていたい。

1分1秒を無駄にしない生活を送りたいと思う。



"時ははやくすぎる 光る星は消える

だから君はいくんだ ほほえんで"



やなせたかしも、そう言っている。


最後になるが、ロールパンナちゃんってなんかいいよね。



次はカフェでパンを売ってる兼志。