「就職しないで生きるには?」PLEASE編集長北原徹氏と、中目黒waltzの角田太郎氏が語った
元マガジンハウスの編集者で、新創刊されたインディペンデントファッション誌『PLEASE』編集長の北原徹氏と、CD/レコードショップ WAVEとアマゾン・ジャパンを経て、現在中目黒のヴィンテージショップ『waltz』を営む角田太郎氏。この2人によるトークイベント「2016年の“就職しないで生きるには”」が3月24日(木)東京・渋谷のSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS主催で開催された。
2016年のインディペンデント論、そしてカセットテープに見た可能性とは。この注目のトークイベントからSILLY的なハイライトトピックをいくつかピックアップして紹介したい。
北原 徹氏
(株)PLEASE代表。マガジニスト/フォトグラファー/文筆家。『週刊SPA!』『an an』『POPEYE(副編集長)』『クロワッサン』など数々の雑誌に参加。現在は雑誌『PLEASE』を創刊し、写真が撮れる編集者として、雑誌、アパレルのカタログなどの制作をする。また、フォトグラファー Ray and LoveRock としても活動。
「PLEASE」Official Site : http://www.please-tokyo.com
角田太郎氏
CD/レコードショップ WAVE渋谷店、六本木店でバイヤーを経験後、2001年にアマゾン・ジャパンに入社。音楽、映像事業の立ち上げに参画。その後、書籍事業本部商品購買部長、ヘルス&ビューティー事業部長、新規開発事業部長などを歴任し、2015年3月に同社を退社。同年8月に東京都目黒区中目黒にカセットテープやレコードなどを販売するヴィンテージセレクトショップ『waltz』をオープン。
「waltz」Official Site : http://waltz-store.co.jp
カセットテープは売れると思った?
北原:waltzを始めるにあたり、カセットテープというものが売れると思っていましたか?
角田:間違いなく売れるとは思っていました。
北原:おお〜。
角田:ただ、ビジネスとして成立するかは別の話で、わからない部分がありました。正直「自分で経営したい」という思いが先にあったんですよね。私はアマゾンでけっこう上の方のポジションにいたのですが、それでも経営者ではないんです。大企業の大きいファンクションを扱っていても、たとえば予算に達成しなかったりしてとかいうことがあっても、ある程度の責任はありつつ“大きな枠”の中ではそういうものは吸収されてしまうんですよね。そうじゃなく自分で経営をしてみたかったんです。結果として小さいビジネスから始めましたけど、自分で収支を見ながら会社をやることはどこかで必要だろうなと思っていました。
北原:僕は逆で、ものだけ作っていたいんですよね。経営しなくちゃいけないんだなーと後になって気付いたくらいで……。一人でもの作っていればどうにかなると思っていたけど、本屋に売り込みをして伝票を書いて納品していくということも含めて、すでに経営的なことをやっているわけで。今でもアマゾンから注文が入ったら僕が手書きで伝票を書いて発送までしていますし。経営をやりたくないわりに、出版の流れを全部見ちゃう。でも、僕はマガジンハウスに27年いていろいろ悩みながら辞めたんですけど、途中で自分の得意じゃない仕事になったときに「販売部に行きたい」って言ったんですよ。編集部から販売部に行きたいと希望して行く人って本当にすごく少ないんですけど、そのときに実は頭の中に『PLEASE』のようなものを作って自分で売ってみようという考えがあったんですよね、おそらくは。
カセットテープが持つポテンシャル
角田:大きい会社に何年もいて、そろそろ自分にしかできないこと、アマゾンにはできないことをやりたいと強く感じたときに気付いたのがカセットテープ屋でした。ネットの記事とかでは、私がアマゾンで働いてたことにフォーカスされているけど、3社目なんですよね。最初に就職したのがWAVEという80年代のセゾンカルチャーの象徴のようなレコード屋で、今思うとすごい時代なんですけど、六本木ヒルズの場所にあったんです。私はすごく音楽が好きだったので憧れだった会社でしたが、4年で辞めたんです。最初の1年はすごく楽しかったけど、あとの3年間はセゾンが衰退していくのに伴い、ビジネスを小さく効率化することばかりしていました。次にもう1社挟んでアマゾンで働くようになったわけですが、アマゾンでも音楽とか映像の事業の立ち上げを最初にしたんです。だから、音楽的なことはずっと仕事としてやっていたわけですね。
そしてカセットテープに関して言うと、もともと1万本くらい自分で持っていたくらいで、おそらく日本では有数のカセットコレクターだったと思います。でも、売ってる場所はほとんどないんですよね。私はレコード屋があるところにしか旅行に行かなくて、日本全国の良いと言われているレコード屋はたぶん全部行ったんじゃないかと思いますが、カセットテープが売っている場所はほとんどないんです。それは海外でも同じ。でもコレクターは世界各国にいて市場はアツい。つまり、ほとんどネット上や見えないところでのやり取りなんです。だから、カセットでおもしろいことはできるだろうなと感じていました。
アナログが再評価されているのはご存知だと思いますが、それと平行してカセットテープも再評価されている。それなのに売っている場所はほとんどない。けど自分はこれだけのカセットテープを保有している。極端な言い方をすると、なにか世の中を動かすようなことができるんじゃないかと思いました。
北原:カセットテープで音源を買うという文化が自分にはなくて、ビックリしました。僕は52歳なので角田さんより世代的にはちょっと上なんですけど、ラジオをカセットテープに録音して聴くというエアチェックの時代だったんです。山下達郎さんや佐野元春さんが新しい音楽を見つけてきては、それをFMでかけてくれて、それをカセットテープに録音していればじゅうぶんにアルバムとして成り立つみたいなところがあって。他にはレコードを買ってくるとそれを人に貸すためにテープにダビングしたり。
角田:『waltz』にはいろんなミュージシャンやDJの方がすごく常連として来てくれているんです。新しいものを作っている人がカセットテープを気にかけている。だからもしかしたら今はカセットテープが最先端のメディアなのかもしれないとも思っています。
自分にできることを最大限やる
北原:僕はマガジンハウスに27年いたなかで、途中から出版はずっと苦しいビジネスだと思っていました。給料を払い続けて本をつくるという仕事はこれからどうなってしまうのだろうと、経営者じゃないのに考えていました。大手なら雑誌を1号作るのに2千万円はかかると言われる世界で、ファッション誌は人間を回さないといけないから特にお金がかかるんです。でも『PLEASE』を作ってハッキリしたのは、自分でやってしまえば、お金の使い方をコントロールできる。1号目は野口強さんに頼んでファッションページ作ってもらっているけど、それ以外はお金のことも考えながら、宣材写真を借りたり、自分のアトリエで自分で撮影したりして、スタジオ代をほとんど浮かせました。自分にできることしかできないという考え方もありますが、自分でやれることを最大限やると、自分にしかできないものが作れるというのもあるんです。スモールビジネス的な発想もありつつ、個性の表現にもなる。
駆り立てられるようにした独立・起業
角田:今回のトークイベントは「就職しないで生きるには」というテーマですが、僕らは二人ともそれなりの会社に務めてきたし、就職は悪いものとは思っていないですよね。
北原:もし就職してなかったら編集的な技術は何もないままだったかもしれない。だから就職そのものを否定するつもりはまったくないです。でも大手の企業にいると、自分たちが自分のいる会社の大きさがわからなくなって、どんどん予算を使って身動きがとれなくなるということも感じました。自分のサイズでやれば、身動きはとれるんです。
角田:北原さんは独立して雑誌を作るということを思い描いていましたか?
北原:独立して雑誌を作ろうと思ったのは『ポパイ』をやったときですね。あとはマガジンハウスの他の雑誌でクライアントの商品をどうしても礼賛しなくてはならなくなったときです。
角田:僕は一度も起業を目標にしていたことはなかったんです。でも突然そういう気持ちになって、駆り立てられて一気に行っちゃいました。それぞれ持論はあると思いますし「ヴィジョンを持ち続けろ」という人もいると思いますが、僕はそういうものを持っていなかったし、今なんでこうなったんだろうという思いもあるんです。でも縁と運というのはすごく大事だと思います。それにいざなわれたという気持ちはありますね。
北原:タイミングという言い方もあるかもしれないけど、なるようにしかならないんですよね。明確に意識してなくても、たぶん思ってなかったらやらないし。もちろん明確にヴィジョンがあったほうが上手くいくとも思いますけど。
カセットテープやインディペンデントマガジンといった、いま再び注目を集めている最先端とも目されるメディアから、就職と独立、そしてスモールビジネスについてという仕事論まで、その話題は多岐に渡りトークイベントは予想を超えるボリュームに。ここでしか聞けない裏話も含め、満足度の高いイベントだった。
デジタル技術やネット環境の進化により、多くのプロセスを個人でまかなえるようになった今、就職と独立の距離は狭まった。もし独立を意識していなくとも、そのときが来るかどうかは縁と運次第なのかもしれない。そう感じさせられた。
SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS
本のある暮らしを提案するセレクトショップ。書店の閉店が多くなりはじめた2008年に、編集・出版業務と書店との両方が、ガラス窓だけで仕切られ、「手打ち蕎麦屋さんや手作りパン屋さんのように“そこでつくってそこで売る”出版社」というコンセプトを掲げてスタートした。洋書も含めたアート、カルチャー、ライフスタイル書籍・雑誌・写真集など、その独特なチョイスに定評がある。
Official Site : http://www.shibuyabooks.co.jp
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