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eggtreeplanet

10.危険すぎる 1 / 2

2020.05.04 09:00



夕闇せまる頃に着いた安モーテルで二人きりになった。クーラーがなくて、一つだけ付いた窓を開けると、見えない街の喧騒が届いた。無風。それでも、この暑さで締め切ったら命取り。汗を流せばましかと、湯に浸かるかどうか迷って浴室に行くとバスタブはなかった。それで熱めのシャワーを浴びたら、途中で水しか出なくなった。まあ、いいけども、さっぱりしたような、しなかったような気分で部屋に戻ってソファになだれ込んだ。映りの悪いテレビには日々変わらない凶悪事件が新たに更新され、流したはずの汗がまたつらつら流れた。くそあちぃ。チャンネルを変えようとしたらリモコンにボタンがありゃしねえ。


 リモコンを放ると、ベッドに腰掛けていた女が、こちらにやって来た。ソファに寝転んだ俺を、汗一つかいていない、涼しい顔で見下ろして、コーラ買ってくると言った。


「他に何かいるものある?」


 俺は、だったら、と窓の外に目をやった。日焼けしたカーテンがわずかに揺れた。


「マルボロ、トランプ、チョコレート」


 そう言って指を折ると、トランプ? と女が聞き返すから、俺はにやっとした。


「カードゲームは強いんだ」


「分かった、トランプね」


「ああ、あとスケッチブック」


 絵が上手いのね、と女は打ち止めにして、財布が入るかどうか定かでない小さなバッグを拾い上げた。俺はドアノブに手をかけた女に、笑顔を描きたい、と言ってみたが、女だって暑いのだろう、返事はなかった。


 女とは、コンビニで知り合った。コンビニを出て煙草に火をつける俺を熱心に見ていた。誘うと付いて来たんで言ってみた。熱心だと。すると女は言った。ドラマチックね。それで俺の方が心動かされた。特に約束をするわけでもないが、コンビニを出ると女はいる。俺はまた熱心だと口説いて、女はコンビニを指さした。


「ここポータルなのよ」


 女は研究者だと話した。


「あなた方の認識の見地からいけば、私は未来人ていうことになるわね」


 女はそう言うと、初めて笑った。その後で、申し訳なさそうに、失礼、と言い添えた。原始的思考を笑ったわけではないのだと。ただ自分が、原始的思考である未来をわざわざ作って、実際のこの現実と突き合わせ、それを利用してここへ来たものだからと悪びれずに言い足した。俺はクレイジーな女だと笑みを浮かべて、結局、原始的なんだよな? と腰に手を回すと、女は俺の手を払った。


「あなた方の時代のジェンダー領域は、内包されていないんだったわね。理解はあるつもりだけど」


 そんなふうに言ったっけ。


「セックスはノーサンキューってことか?」


 こういう女には、これぐらい強く出てもいいものだと俺の野生が言う。そう言い足して笑いを誘おうかと思ったが、やめた。ここで笑われたら、さすがの俺も凹むぜ。おっと押され気味、ってんで女の出方を見ていると、凸するものもなく無風。それで話を合わせてポータルってなんだと聞いた。


「あなたのいる場所と私のいる場所をつなぐもの」


 俺は心得て、こう返した。


「原始的過去と原始的未来をつないでいるのか」


 にやっとしてみせると、女は否と首を振った。


「正しくは、原始的過去というのは仮定で、実際に原始的未来はない」


「原始的未来がなかったら、原始的過去がなくなっちまうじゃないか」


 だからそういうことだと女は言った。


「特にあなた方の住まうこの世界が原始的過去と定義されているわけではなく、もっと細密なものだけど、ポータルを設けるときに、そのように着地点を得たというだけ。私のいる世界にあなた方に対応できるものはない。けれど螺旋を下りれば、それを内包はしている。でも螺旋を降りてここに来ることはできないから、原始的過去と原始的未来という仮定を作ったの。この世界は懐古二元で、外側に相対するものを見いだし続けることで世界を保つ、螺旋で言えば苦しい時代だから」


 何の話をしているのかさっぱり分からなくて、だがしかし対応するものがないと言われ否定されたのだと気落ちして、今度はそれを口にしてみると、ドラマチックねと言われ振り出しに戻る。なんていうか、なかなか口説き落とせない女だったが、話を途切らす俺じゃない。


「なんでコンビニなんだよ?」


 にやっと笑ってみせた。


「この世界に点在しているものといえば、ゴミ集積所やポスト、それに商店や──」


「コンビニってわけか」


「ええ、そう。ゴミ集積所もいいけど、この世界は汚染物が多い。ポストはポータルを設けるには小さかった。商店やコンビニは程よかったの。コンビニ以外にも設けることはできる、例えばレストランなんか。この世界の雨もしのげるしね」


 俺はゆっくりうなずいてにやっとしてみせた。


「数をこなしたかったってわけか」


 女もゆっくりうなずいて笑った。


「ええ、そうよ」


 笑ってくれたことで俺は、それなら別の場所に設けてみせてくれ、ポータルちゃんをよ、と誘ったところ、いいわよと女が付いて来たってわけだ。