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鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

観光をする視点と観光を学ぶ視点の違い

2020.05.05 09:00

観光することと観光を学ぶことは違います。例えば、ハワイを訪れた時に、その多くの旅行者は「南国の楽園」に惹かれています。中には、それがきっかけでハワイらしい文化として「フラ」や「ウクレレ」に熱中する人もたくさんいます。


しかし、よく考えてほしいのは、なぜ「南国の楽園」に人びとは惹かれるのでしょうか。また、「南国の楽園」とは、どのようにして生まれたのでしょうか。初めからハワイにあったものでしょうか。それを調べていくと、違ったハワイが見えてきます。ワイキキビーチはつくられたものであることや、私たちがハワイらしさを感じている「フラ」「ウクレレ」がの本来の伝統文化と異なること、またハワイとはアメリカの一つの州ではなくハワイ王国であった時代があることなど、ひとくくりにはできない多様なハワイがあり、私たちが見ていたハワイがいかに狭い視野の先入観で見ていたことに気づかされるのです。


観光を学ぶとは、そうした観光に関わる様々な現象を理解し、解明することにあります。観光対象を楽しむだけの旅行とは異なり、深い観察や緻密な理解が求められます。そのためには、旅行者や観光地を観察したり、時には自分の行動を客観的に分析してみて、視点を変えたアプローチが必要です。それが観光を学ぶ視点です。

例をあげましょう。上の写真は、愛媛県にある下灘駅というJR予讃線の無人駅です。この無人駅は、もともとJRの青春18きっぷのポスターに出てくる「乗り鉄」の聖地です。旅好きの私にとっても当然訪れるべき観光地であり、実際にローカル線に乗り訪れてみました。行く前に下調べをしていると、多くの観光客で人気のスポットになっているという情報を得ました。


そして実際に行ってみると、旅行前に見たポスターのイメージ通りの無人駅の美しい風景がそこにありました。高揚した気持ちを抑えつつ、私も写真を撮ろうとするのですが、そこは小さな無人駅です。たくさんの観光客が順番待ちをしています。そうやって待っている間に、写真撮影待ちをしている観光客をよく観察していると、面白いことがたくさんわかってきました。

まず大部分の旅行者は、私のような「乗り鉄」の一人旅ではなく、若いカップルや子供連れの家族なのです。また、中には外国人らしき人も多数います。「乗り鉄」の聖地とは、少し異なる人びとがいることに疑問を持ちました。この人びとはいったい何をしに来ているのか。


観察を続けると、大部分の人が私のような列車で来た人ではなく、車でやってきた人であることがわかりました。無人駅前の道路を見ると、小さな駐車場に所狭しと車がひしめき合って並んでいます。そして、人びとがプラットフォームで交互に写真撮影を楽しんでいます。中には見知らぬ人同士で互いに写真をとってあげたりしています。


さらに、あるカップルの行動を追跡することにしました。車でやってきたそのカップルは、景色に感動した様子で仲良くプラットフォームで写真をお互いにとったり、自撮りをしたり。そのあと駅前にあるキッチンカータイプのカフェに向かい、2つのコーヒーを注文して、さらに駅を背景にしたカップが映った写真を撮って、そして車で去っていきました。滞在時間は約15分でした。


私自身もそのカフェに行って実際に行ってみました。「下灘コーヒー」というブランドのコーヒーが名物のようでした。一番売れているものをくださいといって頼みつつ、店員にインタビューを試みました。1日1000杯くらいは売れること(客数や単価から売上がわかる)、特に夕方の夕日の時間帯が多いこと、2年前に開業したこと(それ以前から観光客は来ていることがわかる)、地元の人にとっては「ただの無人駅なのになぜここまでして多くの旅行者が来るのかが困惑している」ことなどを教えてくれました。

その後、ある外国人に声をかけてインタビューを試みました。香港から母親とやってきたという30代の男性は、日本が大好きで5回目の訪日。ジャパンレイルパスを使って広島から四国を巡り、大阪から帰る10日間の親孝行の旅をしていること、そして下灘駅に来た理由が、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」の舞台であると言われていることを教えてくれました。なるほど、実際にインスタグラムで#下灘駅と検索してみると、この香港人が教えてくれた通りに映画の世界観が反映された投稿が多くみられたのです。


これで、車でやってくる人びとの目的が何であるかの謎が解けました。帰りの列車の中で、海沿いの美しい車窓を眺めながら、この一連の現象と私自身の観光行動をふりかえって、改めて整理して考えると、この無人駅に期待していることは旅行者によって異なるということではないかという考えに至りました。下灘駅は、私にとっては「乗り鉄」の聖地であるけれども、車でやってきた多くの人びとにとっては「アニメ映画」の聖地であること、さらに地元の人にとっては「ただの無人駅」なのです。つまり、観光資源とは、事前に期待したものによって異なる文脈で見ている可能性が高いことがわかります。


観光学の中では、こうした旅行者により観光資源に対する事前期待と文脈の違いを「ツーリストのまなざし」と呼び、それによる観光行動を「疑似イベント」と呼んでいます。観光は体験だけではなく、情報消費という側面があるのです。


このように、あるひとつの現象を観察したり、インタビューをすることで、観光をする視点とは別の見方ができるようになります。観光をする人の滞在時間は15分程度ですが、結局私の滞在時間は3時間にも及びました。このように観光を学ぶための調査研究とは、普段の旅行よりも長い時間が必要になります。



観光を学ぶことは、一朝一夕に実現するわけではありません。このような視点の獲得は、実際に観光の現場を訪ね、そこで問題を発見し、その背景を考えることが重要です。事前に考えたことと、実際に訪れて発見したことに違った時に強い疑問が生じます。それが問題意識となって、観光を学ぶ原動力になっていくのです。旅行前の事前期待やイメージを消費するだけの旅行はしないように。



(以上)