月面名所案内
このブログの主人公は、中村要氏とクック望遠鏡です。ですが、最大の主人公は、伊達英太郎氏(1912~1953)かもしれません。アマチュア天文家として旺盛な活動をし、貴重な写真や資料を多数残されました。この度新しく「伊達英太郎」のカテゴリーを設け、伊達英太郎氏の軌跡を、膨大な資料から順次ご紹介していきたいと思います。今回は、天文研究会・天文同好会大阪南支部(伊達英太郎氏主催)の会報「THE MILKY WAY(2)」(1932年[昭和7]10月1日発行)に掲載された「月面名所案内」をご紹介します。この時、伊達英太郎氏は20歳です。
「月面名所案内」 本部 伊達英太郎
何時見ても美しいのは月面である。殊に秋から冬にかけての月は凄い程美しい。月面を観測されるに当って主な名所を心得て置かれるのも面白いだろう。火口の詳細は省略し、有名な火口と種々の名所の案内を致します。
三日月 晴天低く美人の眉の如き細月も、望遠鏡を通すとかなり見にくくされる。まず目につくのは危難の海で、この海の中に東岸近く小さい火口が三つある。写真には余り明瞭に出ないが、眼視的には実に美しい。80×以上が必要。次いで三日月の中央に当り、即ち南方に真っ白く輝く鋭峯ラングレヌスがある。これは満月近くになると白色光線が見える。危難の海の北岸に近く、クレメデス火口があり、この中に二三個の小火口がある。
六日月 段々と丸くなり六日月になると、益々名所が増える。先ず晴の海と静寂の海の色がウンと異ふ事で、静寂の海は紫色がかった濃い色をしている。そしてこの色の異ひは、海になっているプリニウス山の所で異なっている。恰も壁を塗った様である。次は、神酒の海の南岸に見える半火口の如きもので、火口と海とが衝突した様な珍な見物である。神酒の海の東に三つ連続した火口があり、南方の二つは細き溝にて連絡されている。その南方に、余り見事でないがアルタイ山脈がある。六日月になると、ボツボツ南極近くの火口群が見え出して来る。
十二日月 今迄の火口等は、日光を真上近くから当てられ白く輝くばかり。日光は今コペルニクス火口に当たらんとしている。中央近くに三つ美しく瓢箪形に並んだ火口、下からトレミ・アルバテグニウス・アルザヘルで、アルバテグニウスに接近して小さい火口アルペトラギウスがあり、月面の名所である。南極附近のティホ山も日光を浴びてサンゼンと輝いている。その南方のクラビウス山は月面最大の火口で、中に大小様々の火口が面白く並んでいる。ティホ山からコペルニウス山に到る海中には、半火口の様なのが沢山ある。雲の海の南西岸近く、直線壁と呼ばれる面白い丘があり、今が見頃である。薄黒い海に白く輝き、黒い影を雲の海に写している所見事なものだが、100倍近くの倍率が要る。一見溝の様に見える。次に晴れの海に皺の様な丘陵が沢山ある事で、波の様に見えて面白い。ヒパルク山の北方に、「へ」の字形に曲がった溝がある。そして、「へ」の頂点の曲がり角に小火口が出来ているのも面白い。この北方には沢山の裂け目があるが、100×以上を使わねば見えない。北部のアルプス山脈中の谷は有名なもので、前記のヒギヌスの谷の深く溝になっているに対し、これは山を切り開いた渓谷になっている。アルプス山脈南端近くにカシニ火口がある。土星を思わせる形でこの名がある。カウカサス山脈の中央辺りに一独立火口がある。カウカサス山脈の東端のエラトステネスとその東コペルニクスの間に横たわる極小さい火口の行列は、月面中最も面白いもので、数十個の火口が見え、気流の乱れによってチラチラ動く様はとても見事なものですが、詳細は150×以上の倍率が要りますから5cm以下では少し無理です。なお、エラトステネス山の北方、雨の海中に半分崩壊した様な火口が見えます。そして、この雨の海の中には、所々小さい火口と突起とがあり、それらが陽を斜に受けて長く影を引いた様は実に美しい。また、所々に皺の様な丘陵があり、アルプス山脈中にあるプラトー火口内には中央附近に小火口があるが10cm位が要る。この他に白い突起物もあるそうで、なかなか興味深い火口である。
満月 十二日月から満月までの間の見物は、湿の海の東岸にそびえるガセンデイ火口で、この阿蘇山の如き形の火口の中には、火口丘、溝等が多数見え、頗る壮観を呈すが、好気流と200倍以上の倍率が必要である。雨の海を通って北極近く行けば、虹の湾(又は虹の入江)と呼ばれるとても綺麗な入江があって、この附近の景色はスコブル美しい。満月近くなると、コペルニクス山の東方にケプレルが見え、コペルニクス同様、白色光條を放ち、その北方にアリスタルクスもやはり白く輝き、麓から北東方に向かって鉤形の裂溝シユーレーテルの谷が見える。ヒギヌスの谷と共に、面白い観物の一つである。満月になってしまえば面白味はなくなり、全山皆真上から太陽に射られ、所々白色に光る山が多数ある。満月での見物は、ティホ、コペルニクス、ケプレル等々から放射されたる白色光條丈に止まる。(以上附録の「月面図」参照して下さい)
(クレーター名等は、現代使われている用語と若干違うものがあります。5枚目写真:若き日の伊達英太郎氏と11cm反射経緯台、6枚目写真:伊達英太郎氏とお婆様[乾板写真より]、7,8枚目写真:赤道儀に換装された11cm反射「SHIROGANE」号、反射鏡は酒巻菊治氏研磨、中村要氏修正研磨、赤道儀は西村製作所製、太陽撮影装置が付いています、9枚目写真:伊達英太郎氏の蔵書に押された「伊達天体観測所」の印)