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灯籠は、愛し名を呼ぶ

2020.05.06 15:35

1:1 / 5〜10分程度

記憶を過去に遡る話。親しいはずの人の名前を思い出せない走馬灯。


タイトルコールについて(2020年6月26日追記)

公開媒体に合わせて、伝わりやすいように一部変えていただいてもかまいません


登場人物

・戸倉 楓(とくら かえで)♀

高校一年生。

クラスの中では少し浮いた存在の学級委員。

規律に忠実なため少々お堅い印象を受けるが、親しい相手には遠慮のない、普通の少女。

・彼♂

高校一年生。楓と同じクラス。楓とは入学式の直前に出会う。

穏やかで人当たりがよい。

本名は、菓 征爾(このみ せいじ)。


役表

灯籠は、愛し名を呼ぶ

作:えびちりちゃん

戸倉楓:

彼:




◆シーン1:冬、雪の降る帰路


楓「……だれ?」


彼「え?」


楓N「気がついたら、見知らぬ男の人がいた。傘を持っていないから、降りはじめたばかりの雪が、ダッフルコートの肩にじんわりと染みていく」


彼「なに言ってんの。熱でもある?」


楓N「不思議そうな顔をしたその人は、私の額に手のひらを当てる。

   伸ばされた手をなんの不審もなく受け入れるから、この人と自分は親しいのだろうか。

   しかし意識はいやに朦朧として相手の名前すら思い出せない。心配そうに覗きこむ顔は、たしかにどこかで見た気がするのに」


彼「うーん、熱はなさそう」


楓「……手袋してるのにわかるの?」


彼「さあ、どうだろう」


楓N「額にあてられた手のひらが、そっと視界をふさいだ。唇にあたたかいものがふれる。……キスを、されたのだ」


彼「……もし、ほんとに風邪だったら、うつっちゃうね」


楓N「名前も知らない誰かは、悪戯っ子のようにはにかんだ」



◆タイトルコール


彼「灯籠は、愛し名を呼ぶ」



◆シーン2:秋、イチョウの並木道


楓「そういえば、いしや~きいもってやつ。声は聞くけど見たこと一度もない」


彼「ホラーか」


楓「ホラーだよね」


彼「焼き芋食べたくなるな」


楓「うーん、私はそうでもないかも」


彼「じゃあなんでこの話したんだよ」


楓「え?だって昨日ホラー映画見たって言うから」


彼「なんでもかんでもホラーにすんなよ」


楓N「過ぎ去った夏の光を集めたかのように色付いたイチョウの葉が、ばらばらと落ちていく。

   レンガ調に舗装された道を埋め尽くさんというばかりの量に、このくらいあれば焼き芋も作れそうだなとぼんやり思った。

   いつから二人は話していたのかわからないが、きっとこれが私達の日常なんだろう。」


彼「今度探しにいく?いしや~きいも、の車」


楓「……いかない」


彼「つれないな〜。皆んなが見たらびっくりするんじゃない?あの戸倉楓さんがこんな所で、いしや〜きいも、なんて」


楓「どういう意味よそれ」


彼「風紀に厳しい、お堅いクラス委員。

  いくらうちの学校の校則がきびしいからって、寄り道や買い食いすら絶対にしないから、遊びにさそっても絶対断られちゃうっていう」


楓「……ねえ、あなたと出会ったのっていつだっけ」


彼「何いってんの、半年前でしょ。春。ニューガクシキ」


楓「そっか」


彼「ていうか、出会ったとか言うなよなあ」


楓N「単語ひとつに気恥ずかしさを感じる、微妙な年齢とでもいうのだろうか。

   私たちは学生で、目の前の男はどうやら同じクラスの友人らしい。

   人懐っこい笑みがかわいい、なんて言ったら、怒るだろうか。

   ああでもこの頃、私はずっとこの人のことばかり考えていた。そんな気がする」


彼「何だまってんの。なんか言えよ、恥ずかしい」


楓「……ねえ、」


彼「なに?」


楓「私、あなたに出会えてよかった」


彼「……ほんとに大丈夫?」


楓N「茶化すような軽い声音とは裏腹に、私の頭を撫でる彼の手はひどく穏やかで、優しかった。

   こみ上げてくる切ない気持ち。

   きっと私は、この人のことが好きなのだろう」


彼「好きだよ、楓」


楓N「彼の名前は、まだ、思い出せない」



◆シーン3:春、入学式


彼「葉桜かあ、もうちょっと咲くのが遅ければ、いいかんじの入学式だったのにな」


楓N「人混みのどこからかそんな声が聞こえた。これから毎日通うことになるらしい学校は、駅から歩いて十分。レンガで舗装された道は、夜に雨でもふったのだろう、黒く湿っていた。校門から校舎へまっすぐ向かう人の流れから抜け出すと、運動場までのひらけた場所に、桜の樹。一本だけひっそりと立つ姿は、なんだか少し寂しい」


彼「あれ、先客がいる」


楓N「振り向くとそこには、例の彼の姿」


彼「綺麗だよね、俺もつい来ちゃった」


楓N「花びらに混じる緑は、光を透かして薄く影を作る。胸元の造花が、そのなかではまるで本物のように見えた」


彼「ああ。俺、菓 征爾(このみ せいじ)って言うんだ。はじめまして」


(間)


楓N「これは束の間の夢だ。

   私は私の記憶の中で、彼……征爾との出会いを反芻(はんすう)している。」


◆シーン4:事故現場


彼N「溶けかけの雪は、泥と混じって茶色く汚れている。そのなかに広がる赤い滴は、なんだか作り物のようで実感がわかない。

   近づいてくるサイレン。俺たちを取り囲む人々のざわめき。なんだか頭がぼんやりとしていた。

   いったい何が起きたのかなんて、わかりきっている。それなのに、どうしても脳みそは現実を受け入れない。

   俺はただ、その子に差し出された手を握るので精一杯だった。」


楓N「私の手を握る彼は、幼さの残る顔を強ばらせて、必死に泣くのを我慢しているように見えた。

   なんで私なんかのために泣くんだろう。遠のいていく意識では、見知った彼の名前すら思い出せない。

   だんだん指先の感覚も薄れてきて。視界も黒く濁ってきて。

   ああ死ぬんだなって思いながら、私はぼんやりと彼の顔を眺めた」


(間)


楓N「もし、走馬灯なんてものがあるのならば、この人の笑った顔が、見てみたい」


20200507 公開

20200626 タイトルコールについて追記