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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第一章 4

2020.05.09 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第一章 4

「久しぶりに警察に行ってきたぞ」

 また、深夜の杉崎善之助宅である。あれから一週間、善之助はさっそく警察署に行ってきた。

「で、どうだった」

 少し心配そうに、次郎吉は聞いた。深夜の善之助宅の今は、まるで漫画サザエさんに出てくるような和風の居間である。目の不自由な人の家は洋室の方が多いというが、善之助の家は完全に和室であった。善之助の感覚では洋室の場合、どうしても下に様々なものを落としてしまい、その都度探さなければならないし、割れ物は割れてしまうので、たかが低く、畳が下に敷いてある方が安全であるという。

「ああ、ちゃんとあったよ。警察は、東山氏の作品の価値を知っているのか、警察署長室のガラスケースの中にしっかりと入っていたのだ。」

「なるほど」

「それだけではない」

 善之助は珍しく興奮した様子で話をつづけた。

「何かわかったのか」

「いや、ちょうど今の警察署長が私の後輩であったからね。いろいろなことを聞きやすかったし、またあの洪水で東山正信のことで後に分かった話などが様々出てきたんだ」

 善之助は、久しぶりに、というか次郎吉を話をするようになってほぼはじめてに近い感じの、自分の手柄話を得意げに話した。普段の次郎吉ならば、そのような話は飽き飽きしたというような感じで軽く受け流すのであろう。しかし、この日はしっかりと話を聞いていた。

「実はな、あの東山正信の玄祖父・つまりひい爺さんの上だな、それに当たる人は、戦争中の陸軍中野学校の将校であったらしい。」

「陸軍中野学校。あのスパイ学校か」

「そうなんだよ。今まで全く知らなかった」

 陸軍中野学校とは、戦前・戦中諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や訓練を目的とした大日本帝国陸軍の軍学校で情報機関であった。

1937年(昭和12年)、戦争形態の加速度的進化で謀略の重要性が増し、日本が世界的な潮流からの停滞を余儀なくされ、同年末、陸軍省が中心となってその創設を決定。1938年(昭和13年)3月に「防諜研究所」として新設。同年7月より特種勤務要員(第一期学生19名)の教育を開始した。1939年(昭和14年)5月に同研究所は「後方勤務要員養成所」に改編、7月には第一期学生の卒業を迎える。1940年(昭和15年)には「陸軍中野学校」と改名し、1941年(昭和16年)には参謀本部直轄の軍学校へ転身する。その存在は陸軍内でも極秘とされていた存在である。

「で、それがどうしたんだ爺さん。別に死んだ芸術家の先祖がスパイだったからってなにも驚くことはないでしょう」

「いや、そういうことではない。その東山の家では、もともと、旧陸軍の軍資金の一部を管理していたということらしい。そして、その存在が、東山正信の父までは知っていたのだが、正信が洪水で死んだあと、その管理のうわさが全くなくなってしまっていたということなんだ。」

「なに」

 一瞬、次郎吉の顔が曇った。単なる猫の置物ではないということなのだ。次郎吉は頭の中をいろいろと巡らせた。いや、巡らさなければならなかったのだ。

「次郎吉も聞いたことくらいはあるのだろ」

「爺さん、もしかして、その東山という人が扱っていたのは、この町の隣町にある元弾薬庫跡地の中にあったといわれている金塊の話しか」

「ああ、それもあるが、警察署長の話で、単なる伝聞でしかないが、この町の土地伝説で言えば、実際には金塊だけではなく、そこに多くの宝石や美術品なんかもあったということのようだ。後輩の署長に言わせれば、かなりの額の物があった。それも紙幣とかそういうものではなく、アメリカ軍が上陸してきて、場合によってはその取引に使えるように、またはここから弾薬と一緒に持ち出して世界で通用するような、世界で価値があるような物を、多く備蓄していたというのだ」

「なるほど、それが今もどこにも発見されずに残っているということか」

「もちろん、戦中に一部は持ち出されたり使われたりしているのではないかと思う。しかし、そのほとんどが、まだ見つかっていないというのだ」

 善之助は、かなり驚いたような大げさな言い方をした。いや、大げさな言い方をしなければ、ならないくらい、この日は次郎吉が静かであった。目が見えない善之助にとって、次郎吉の暗くうつむいた顔や、落ち込んだような表情は見えない。しかし、いつもと異なり自信満々な言葉が出てこない次郎吉や、その落ち込んだような雰囲気は、目が見えなくても善之助に感じることはできる。いや、目が見えない方がそのような雰囲気を感じ取る力は強いのかもしれない。

「次郎吉さん。何かいつもと違うようだが」

「いや、何でもない」

「何でもないことはなさそうだが。もしかしてあんた何か知っているのではないか」

「もちろん、弾薬庫の財宝の都市伝説くらいは知っているよ」

「そんなことではなく」

 次郎吉は黙った。善之助も仕方なくその沈黙に付き合うことにした。しばらく、かなり長い時間と思える沈黙が続いた。

「帰るのか」

「いや」

 急に立ち上がった次郎吉に、善之助は声をかけた。

「何か話したくないようだが」

「ああ」

「まあ、署長が言っていたのは、どうも、東山正信の芸術品のどれかが、それのカギになっているということのようなのだ。次郎吉さん、どうもそのようなことらしいぞ」

「そうか、東山正信の芸術品がカギなのか。ということは、今回ねこの置物を盗んだやつも、もしかしたら、芸術品が目的なのではなく、東山のひい爺さんの財宝のカギが目当てということになるのだな」

「ああ」

「カギは、宝石だと思っていたよ」

「宝石」

 次郎吉はまた口をつぐんだ。

「実は話したくなかったんだが、その東山財宝についてはちょっとあるんだよ。爺さん」

 真っ暗な善之助の家の中で、暗い性格になってしまったかのような次郎吉が昔話を話し始めた。