宇宙の“箱”を開ける 第3回
今日は予告通り、高校までの知識を使ってブラックホールの半径を計算してみます。
使うのはエネルギー保存則です。質量mの粒子が質量Mの天体の中心からrだけ離れたところで動径方向(r方向)に速さvで運動しているとしましょう。
するとこの物体が持つ運動エネルギーは
となります。また、この物体は万有引力による位置エネルギー
を持っています。ここで、Gは万有引力定数と呼ばれる量です。よってこの物体が持つ力学的エネルギーは
となります。摩擦力などを考えなければ力学的エネルギーの保存則により、異なる半径r’にあって速さ v’を持つ物体との間には次の等式が成立します。
ここで、半径rの地点から物体を無限遠まで飛ばすには最低でも速さいくつで打ち出せばいいのか考えてみましょう。これは無限遠に「ギリギリ」到達できる速さ、所謂「第二宇宙速度」を求めようという問題です。無限遠では、位置エネルギーはrが無限大の極限を取れば0ということになります。一方で運動エネルギーでは0と考えます。これが「ギリギリ」に相当します。つまり、物体にある大きさの運動エネルギーを与えた時、それをちょうど使い切って無限遠までたどり着けるようにするためにはどのくらいの運動エネルギー(速さ)を与えれば良いか?ということです。解くべき方程式は
となります。天体の質量M、半径rとして地球の質量と半径を代入するとおよそ11km/sとなります。この値は第二宇宙速度としてよく知られていますね。
ところで、今求めたいのはブラックホールの半径でした。これを求めるためには、光の速さcでギリギリ無限遠に到達できる最小の半径を計算します。つまり、先ほどの方程式の速さvを光の速さcとして、rについて解けばいいのです。実際やってみると、
となります。これは質量Mの天体があったとして、その半径rがrhよりも小さい時、天体の表面から発射された光は無限遠に到達できずに戻ってきてしまう、ということになります。(この添字「h」は事象の地平面の英語「horizon」の頭文字です。)
例えば、太陽質量の天体を考えれば、半径はおおよそ3kmということになります。もし太陽を半径3kmの球体に圧縮できれば、”ブラックホール”を作れるということです。(ただ、太陽は平均的な重さであまり重くないため勝手にブラックホールになることはありません。)
さて、高校物理の知識を使ってブラックホールの半径を計算してみました。前の記事でも指摘しましたが、この半径は一般相対性理論から導かれる最も簡単なブラックホールの半径にぴったりと一致します。このことをちょっとだけみてみましょう。
一般相対性理論では、物質が存在するとその周りにどのような重力場が存在するのか、ということはアインシュタイン方程式
を解くことでわかります。右辺は物質がどのように分布しているのかということを表していて、左辺は重力の歪み具合を表しています。この方程式を解くことで様々なタイプのブラックホールが存在することが分かったり、また宇宙がどのように膨張するのかを知ることができたりします。このブラックホール解の中で最も簡単なものがシュバルツシルト解です。これは静的球対称な天体、つまり永遠に変化するがない丸い天体を表しています。このブラックホールは数式で書くと、
となります。
この式がブラックホール!?となると思いますが、ここではこれ以上説明しません。詳しくはYouTube「ブラックホールを表す数式」でより詳しく、面白く説明しているのでそちらをご覧ください笑
とにかく一旦この式がブラックホールを表す数式であることを認めてしまいましょう。すると、dt^2とdr^2の前に同じ係数
があることが分かります。ここで、rとして先ほどの
を代入すると、ちょうど0になってしまいます。これは先ほどのブラックホールを表す数式に戻ると2項目が無限大に発散してしまうことが分かります。このように、式が発散してしまうところが事象の地平面に相当します。この時の半径がブラックホールの半径でこの解の発見者であるカール・シュバルツシルトの名前をとって、シュバルツシルト半径と呼んでいます。(もう少し正確にいうと、このように数式が発散してしまう境界のことを見かけの地平面と呼びます。事象の地平面は光的無限遠に達することができるかどうかで定義しますが、今考えている定常時空では見かけの地平面と事象の地平面が一致するので問題ありません。)
ということで、ニュートン力学で求めた”ブラックホール”の半径と一般相対論で求めたブラックホールの半径が一致するのです!もちろん、意味合いは全く異なります。ニュートン力学で求めた半径は「光を打ち出した時に無限遠に到達することのできる最小の半径」で、その内側に光が入ってしまっても、無限に遠くにはいけないもののある程度外に向かって進むことができます。しかし、一般相対性理論で求めた半径は「一度中に入ってしまうと光ですら外向きに進むことができなくなってしまう半径」です。この違いには注意が必要ですが、高校物理の知識だけで、ブラックホールの半径を求めることができるなんて、すごいと思いませんか?笑
さて、最後にもう一度ブラックホールの数式を眺めてみましょう。
先ほどは半径rがちょうどシュバルツシルト半径になるとき、2項目が発散してしまう、ということでした。しかし、よくよくみるともう一つおかしくなる半径があります。それはr=0のところです!代入してみると分母が0になってしまうので1項目が無限大に発散してしまいます!この点のことを「特異点」と呼びます。
「ほぉ〜…で?」となったかもしれませんね。笑
実は、これはブラックホールの中を少し覗いたことになっているのです!今まで「ブラックホールの中は観測することができない」ということをお話ししてきました。しかし、今数式の力を借りたことで、ブラックホールの中には「特異点」があるのではないか、ということが分かりました!
さて、僕の研究のモチベーションの一つが、この「ブラックホールの中がどうなっているのか知りたい!」というものです。特に、先ほどお話しして、ブラックホールの中にあるらしい特異点について知りたいと思っています。ということで、やっと僕の研究のお話に行けそうなので、もうしばらく、お付き合いください笑