Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Keisuke Ota / 太田渓介 Website

宇宙の“箱”を開ける 第7回

2020.05.12 09:00

前回は、最後にどん!と式を出して投げ出しました。

反省はしていません。だってこれが現実だもの。

さて、前回のおさらいから。ブラックホールの中にある特異点を取り扱うためには、量子重力理論が必要になるということをお話ししました。しかし、この理論は未完成でしたね。そこで、一般相対性理論と量子重力理論の架け橋となる修正重力理論が研究されています。ここでは特に、Infinite Derivative Gravity(IDG)についてお話しし、IDGの方程式とは?という事で最後に

をお見せしましたね。笑

ヘェ〜なんかめっちゃ長いけどこれ解けるんだ〜すごいね〜と思ったでしょう?

いや〜それがね、解けないんですよ。

複雑すぎて、まだこの方程式を解いて研究者は世界のどこにもいません。(これはちょっと言い過ぎかもしれません、実は宇宙論的な解やpp波と呼ばれる種類の解など、状況を十分簡単化したうえの方程式は解けています。しかし、ブラックホールに対応する解はまだ得られていません。)

しかし、ある近似を用いるとこの方程式を解くことができて、さらにIDG理論の面白い性質を知ることができます。使う近似は、「弱場近似」というものです。これは、重力が十分弱いと思って方程式を簡単化する近似です。重力が弱いと言っても、ここでは地球や月ぐらいの質量を持つ天体の周りに生じる重力場について考えます。この弱場近似を一般相対性理論に適用すると、ニュートンの万有引力の法則が得られます。

具体的にはどうなるかというと、アインシュタイン方程式

を、静的球対称、つまり永遠に変化しない、マルッとした天体(重力源)を仮定して、弱場近似を行うと、

となります。この方程式は、r=0の点に質量Mの質点が存在している時に、周囲にできる重力ポテンシャルはどうなるのかということを表しています。ここで出てくる逆三角形にも、微分が2回含まれていると思っていただければ大丈夫です。そして、この方程式を解くと、馴染み深い(?)万有引力のポテンシャル

を得ることができます。この解を見てもやっぱり原点r=0でポテンシャルが発散しているので、原点では何かおかしなことが起こっていそうだぞ?ということが分かるわけです。(この解は十分重力が弱い領域でのみ有効な解です。そのため、ニュートン力学の解で、原点に無限大の発散があるからと言って、本当に原点でおかしなことが起こるのかまでは厳密に言えば分かりません。)

さて、ではいよいよIDGに対して弱場近似を適用していきます。実際に弱場近似をして、先ほど同じように静的球対称な解を仮定すると、

となります。先程のニュートン力学の方程式と比べると、無限階の微分を含んでいる

という因子がついています。ということで、この方程式はIDGの弱場近似の方程式として正しそうです。この方程式を解いて見ると、どうなるでしょうか。解は、

となります。ここで、erf(x)は誤差関数と呼ばれる特殊関数で、こんな感じの関数です。

原点に近づくほど0に近くなるという振る舞いをします。

ということで、この重力ポテンシャルは原点に近づくと分子と分母が両方とも0になってしまいます。今までは分母が0になってしまうことでポテンシャルが無限大に発散していました。IDGで考えたポテンシャルは分子も同時に0になっています。実際このポテンシャルは有限の値をとることがわかります。グラフをプロットするとこのようになります。

オレンジがニュートン力学の重力ポテンシャル、青がIDGの重力ポテンシャルです。確かに、IDGの重力ポテンシャルは原点で発散しないということがわかりました!

もちろんこれはあくまで弱場近似解なので、非常に強い重力場を持つようなブラックホールでは特異点がどうなっているのかについてはまだわかりません。しかし、たとえ弱場近似であっても、どうやら無限階の微分を考える事によって原点での発散はそもそも存在していないということは大きなヒントになりそうです。(この十分質量の小さいブラックホールというのが全く現実的ではないかというと、そんなこともありません。宇宙のごく初期、ビッグバンの直後に形成されたと考えられている原始ブラックホールの質量は恒星の質量よりもずっと小さかったと考えられています。)

ここ最近難しい話が多くなってきていましたが、いよいよ数式が盛り沢山になってしまいました。笑

とりあえず今日覚えておいて欲しいのは、無限階の微分を含む理論を考えると「なんだかよくわからないが」(十分軽い)ブラックホールならばその中心にある特異点がなくなってしまう、ということです。さてさて、実はここまでは既に研究されてきたことです。私たちがそこで気になったのは、無限階微分だとなぜ無限大の発散がなくなるのだ?ということです。ということで次回は「なんだかよくわからないが」の部分をわかりやすく説明していきたいと思います。