昨日と縁を切る 〜野口晴哉先生講義録〜
≪野口晴哉講義録より≫
昨日と縁を切る
前文略
人間の体というものはいつでも外界の変動を刺激として受け入れる。そしてそれに適応する働きを起こして、健康を全うしている。
これは人間に限らず、どんな動物でも、生きているものは皆適応というか外界の変動に合うように体を変化させることによって、その生命を全うしている。だからマンモスのように力の強い動物でも、そういう適応する働きがなくなると死に絶えてしまう。鼠のような小さなものでも、環境に適応できたものは生き栄えている。
だから人間は健康になるということに対しては、そういう適応と刺激の調和といいますか、人間の体の働きの全体の調和といいますか、外界と人間の調和といいますか、そういうようなものの調和が一番大事なことなのです。
それでいろいろの動物は皆そういう体に自然に備わっている働きで自分の体を保っているのに、人間だけは環境の方を適応させようと思って努力している。
これは人間の生活としては進歩した考え方とも言える。もし体力だけに頼って生活していたならば、こうして京都で講習会を開くまでにはならなかっただろうと思う。
東京から歩いてくるとなると大分長い時間がかかる。汽車という足の代用品を作り上げたがために、つまり環境に於ける距離というものを克服したために大分便利になってきた。
お日様が引っ込んだら寝なくてはならないという動物に比べると、電灯という物を作って夜でも生活できるということも一つの進歩であります。
そういうように人間は環境の方を適応させることが出来るようになった。時間でも距離でも、そういう環境の方を適応させて人間の生活をしている。
だから虎はどんなに強くても北極には住めない。第一、食物からして限られてしまっている。人間ほどいろいろなものを食べられる動物は他にはない。
だから人間はそういうように環境を一つ一つ克服することによって、人間の生活する範囲を広げていくから地面の上全部に蔓延してしまったわけです。自分の体を適応させるのでなくて、環境を自分の生活に適応させるように暮らしてきたことが人間の生活の一番の特徴でもあると言えると思うのです。
ところが、その環境を適応させても、人間の体にはやはり環境に適応する働きがあるのです。そういうために暑さ、寒さをエアコンで調節して、ちょうどよい温度のところで暮らしていると、ちょうどよい所でしか暮らし難いような体に変わっていくのです。
よく煮た柔らかい物を食べている胃袋は、たまに生の物を食べると痛くなるようになるし、人間の胃袋に適応するように食物を変えていけば、胃袋が今度は食物に適応してしまって、料理されてこないとうまく働けないような胃袋の状態になっていく。
一日のうち八時間働いて、八時間は寝て、八時間は遊ぶんだとしていると、今度はちょっとでもその生活が壊れると、生活しがたいような体になっていく。
黴菌を殺したり、毒素を消毒したりして生活していれば、消毒してある所でないと暮らし難い体にだんだん適応していってしまうのです。
写真 by H.M. スマホ