2020
忘れることのない年になる。忘れることのない数字になる。
2020年、5月。ちょっとだけこれまでのことを考えてみようと思う。
アルゼンチンに帰ってきてからしばらくして、この国では強制的な自宅待機が始まって、僕はいま、1週間に一度スーパーに買い出しに行くこと以外、外に出ることがない。50日が経過したらしい。もちろんこんなことは予想もしておらず、今年は、アルゼンチンで暮らす3年目の年で、これが最後になる。言葉も、環境も、満足のいく形を作ることができて、いざ「仕上げ」と思っていたら、こんなことになった。
全てがうまくいく。
疑いもなくそう思っていた僕は、この状況が迫ってきたとき、現実から目を背けずにはいられなかった。こんなはずでは、なかったのに。
計画通りにいかなかった日々を惜しむのは、いつぶりだっただろうか。
それからしばらく、いまぼくは、もしもこうなっていなかったら、来年以降恐ろしいことになっていただろうなと、そう思っている。神様がいるとは思わないけど、けれど多分、予定調和に全てが進むことを望んでいた僕に対して、神様か何かが、メッセージを送ってくれたのだと、ほんとうにそう思っている。
僕はこの期間、本当に変わったと思う。
自分がいかにすべてのことを置きにいっていて、できることしかせずに、平凡に1年を過ごそうとしていたのか。今考えると、成長を自ら止めているような自分に、恐ろしさを感じる。こんなことがなかったら、僕は新しい自分になって、アルゼンチンから日本に帰るということは、絶対にできなかったと思う。予定通り、70点くらいの日々を過ごして、1年を終え、日本に帰り、そして、日本で豪快に転んでいたと思う。絶対に、うまく行かなかったと思う。
だから、本当に、もしこうなっていなかったらと想像すると、僕は結構怖いのだ。
チャリティの企画を立ち上げて、50人もの知らない人と話すなんてことは、普段の僕では考えられない。電話が嫌いな僕は、テレビ電話はもっと嫌いだったし、それが今では、まったく異なる自分がいる。料理だってするし、両親に連絡だってする。これは、新しい自分なのだ。
この期間には、ご褒美もあった。それが何かは言えないけれど、また5年後にこれを見返したときに、いまを懐かしむことが出来たらいい。
人には、同じ道を歩いているだけでは、わからないことがある。しかも、人は自分がどの道を歩いているのかを、知ることができない。今回のように、何か外側から圧力がかかったとき、はじめて、僕らは自分の足元と、後ろと、そして前をみて、いまどこを歩いてるのかを知る。隣の道ですら、人は、自分には歩くことができない道だと決めつけ、ただ足を前に進めたり、もしくはそこに佇んだりする。
僕はそれが嫌いだと思っていたのに、文字通り、自分が知っている道を歩こうと思っていた。
別に成長をしたいとか、成功したいとか、うまくやりたいとか、そういうことじゃないんだけど、僕は満足のゆく暮らしがしたいし、もっと言うと、幸せになりたくて、多分そのためには、頻繁に、道を外すことが必要なんだと思う。それが人として、動物として、生命として正しいのかは一向にわからないけど。
これからどれほどの時間、こうして、パソコンの前に向かうだけの日々が続くのかはわからない、5月。
それでも僕は、神様かなんかがくれたメッセージを受け止めて、ご褒美を大切にしながら、ああでもないこうでもないと、生きていきたいと思う。
2020
きっと大事な年になる。