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薔薇と脳髄の向こう

【シキケン】Le matin

2020.05.09 01:15

ずいぶん綺麗だな、と酔い潰れた友人の顔を見て神谷巽は思った。

日が落ちてからだいぶ時間が経ち、もう夜明けの方が近い時間だ。部屋の中には缶チューハイの缶とワインボトルが空の状態で転がっている。

ふと窓を見ると、高層マンションから見える夜景が綺麗だった。

いつもならこの時間、呼び出したり呼び出されたりした女の子たちと情事を済ませ、共に眠りに落ちているはずだ。しかし今日は違った。

時々こうして学校帰りに家に来て適当に酒を飲みながら雑談をして、知らぬ間に眠りに落ちる。それが丁度良くて、心地が良かった。


織田ルカと知り合ったのは高校2年の時だ。

友達の友達、それも飲み会の席で一緒になったというだけの仲だった。

たまたま隣の席になった彼はつまらないのか楽しいのか汲み取れない表情でぼんやりと他の人たちを眺めていた。その瞳が薄い灰色のような青だったせいもあり、生まれ育ったアメリカを思い出させた。

それで妙に気になって話しかけた。

女の子のいる席では絶対に女の子を蔑ろにしないというモットーがあったが、その日はこのルカに興味を持ってしまった。

巽がオープンに口説いたりナンパしたりする性質だとしたら、ルカは冷静で秘密裏にそういうことをする。彼の一挙一動を見ながらそんなことを察した。

元々合コンのようなノリではなかったこともあり、日付が変わる前に解散になった飲み会の帰り道、女子からの誘いをやんわり断って巽はルカをもう一軒誘った。

断られる前提で誘ったというのに彼はあっさりと承諾した。

その日を境に、2人は良くつるむようになった。学校こそ違えど、巽が原付で迎えに行ってそのまま遊んだり、気がむいたルカが校門前までやってきたりしている。

同じ学校で仲のいい武蔵は家族が多いため早めに家に帰ることが多い。咎めるつもりも不満もないが、時間を持て余してしまう巽は大体ルカを呼んで遊ぶ。

程よい距離感なのだと思う。

若干女の子の趣味がかぶるので合コンの際はじっとりとした冷戦の兆しを見せるが、それもすぐ解消される。

干渉し合うことも、ドライすぎることもない、良い関係だと巽は思っている。

バーのバイトが終わってそのまま常連とホテルへ行き、朝そのまま登校したせいで、今日は女の子と会う体力はなかった。

しかし巽には夜1人で過ごすという発想はない。

理由は様々にあるのだが、一番は寂しいからだ。

夜は無性に寂しくなる。夜景が綺麗だから余計に自分の中が空になっていくような気分になる。部屋が広すぎるのがいけないのかもしれない。

兄が用意してくれた都心の高層マンションは高校生が一人暮らしするには広すぎた。6畳一間のアパートの方がマシだ。

夜、気兼ねなく一緒に過ごせる相手を思い浮かべた時、真先に顔が浮かんだのがルカだった。

酒が弱いわけでもないがルカは大体先に眠ってしまう。

無理もない。

ソファで眠ったルカの顔からそっと眼鏡を抜き取ってテーブルに置いた。

「キレーな顔してるよな」

こう見ると、女性的な顔立ちかもしれない。

白人の友人はいたが皆大体無骨な男という感じだったので、白人骨格で綺麗な男はあまりみたことがなかった。

まぶたを開ければ瞳の鋭さからか、中性的だとは思わないのだが目を瞑っていると途端にそう見える。まつ毛が長いからだろうか。

寝たか、という残念な気持ちと寝かせてやろうという気遣う気持ちが同時に押し寄せてくる。

「おーい」

起きない程度に頬を指で突くが、反応はなかった。

艶のある肌が指を押し返しただけだ。

急に1人で取り残されたような気になる。

僅かに空が明るくなった。

「先、寝んなよ。寂しいじゃん」

頬杖をついたまま呟き、ため息を吐いた。


気付いたら眠ってしまっていたらしい。キツい陽射しが、カーテンのない窓から差し込んでくる。

二日酔いに近い鈍痛を頭に感じつつ身を起こすと、ソファにルカの姿はなかった。

帰ったのか?

そう過ったが、ルカが勝手に帰るとは思えないのできっと風呂に入っているのだろう。小さく欠伸をするとルカがいたソファに這い上がって身を横たえた。

人の入ってくる気配で微睡から引き戻された。

「Bonjour」

聞き慣れない言語が飛んでくる。

幾度となくふざけて他言語で会話してきたので、意味はすぐに分かった。

「Good Morning」

寝そべった状態で、首だけそちらに向けて巽も母国語を口にした。

「勝手にタオル借りた、ごめん」

濡れた髪をタオルで拭きながらルカが言う。

「別にいいよ、なんならルカ専用のやつでも置く〜?」

「そんなことしたら女子に殺されるだろ」

「逆もまた然り」

そんな軽口を叩きながら巽も身を起こした。

「俺も風呂入る。学校まで送ってくからちょい待ってて」

大きく伸びをしながら立ち上がるが、ルカの視線で動きを止めた。

宝石のような瞳がじっとこちらを見つめている。

「何?」

怪訝そうに首を傾げるが、ルカは首を振った。

「なんでもない」

緩く口元に弧を描いて目元が和らぐ。巽は肩を竦めた。

「二日酔いなら、冷蔵庫にいろいろ入ってるから漁っていいよ」

多分違うだろうな、と思いながらもあえて見当違いのことを行って部屋を後にした。

「Tu es plus belle…」

部屋に1人残されたルカは小さく呟いた。