その人らしさとは 1 〜野口裕介(ロイ)先生講義録〜
≪野口裕介(ロイ先生)講義録より≫
その人らしさとは
これから整体法の講座をはじめますけれども、私がやってることは、そんなに難しいことをやっているわけではありません。
私は野口晴哉先生について、整体を勉強してきました。ある意味では一つのきちんとした体系ができているものを学ぶというわけではありませんから、その時そのように学んでいくような勉強の仕方をずっとしてきたわけです。
そういう中で、野口先生にとってはごくごく当たり前なことが、私達にとっては非常に分かりにくく、また分からないことがたくさんあったのです。
ですから私がこれからお話することを、もし野口先生が聞かれたとしたならば「そんなことすらわからなかったのか」と、たぶん思われてしまうでしょう。きっとそれくらい野口先生には当たり前のことだったのです。
しかし、人はそのごく当たり前なことに、なかなか気がつかないものなのです。特に当たり前過ぎることというのはね。
例えば、人にアドバイスをしたり、ものを教えたりすることであっても、相手を見て話をするということは、本当はかなり難しいことなのです。たいていの人は自分に納得できるように喋っていたり、自分の感受性だけでしゃべっていることがあります。
しかし人にアドバイスするときなど、その人を見ないと大変な間違いを犯してしまうことがあります。勿論、私もたくさん成功していることもあるけれども、失敗していることもあります。
私は自分の感性で言えば、例えばある人に「こういうことは難しいよ」と言われたとすると、人が難しいことだと思っていることは〝やはり難しいのだろうな〟と思ってしまう。
反対に、何となく自分でもそれが相当難しいことだと思っていたとしても「誰でもできることだ」と言われると〝ああそういうものかな〟と思って誰でもできるような気にもなったりします。
ところが捻れ型というタイプの人達はそうではないのです。捻れ型の人に対して話をするときには、必ず「これは難しいよ、大変難しいことだよ」と言って話をしていく方が、結果として良いのです。
中略
このようにアドバイスをするときには大変難しい問題があるわけです。本当にアドバイスしなければならないようなときに、人は存外「まあ、大変」とか「大丈夫、大丈夫」というような、自分ならこう言ってもらいたいという感じでアドバイスをしてしまうことが殆どなのです。
しかし、長く整体をしていきますと、みんなある年代からフッとその事に気がつくものです。その人の力を発揮させるにはどうしたらいいのだろうか、そのときに、その人の世界、その人の感受性というものがきちんと理解できる人とできない人とがやはりいます。
相性というものもあるみたいです。何でもなくスッと、努力しなくても気心がわかる人もいれば、全く理解できない人もいる。ですから、これは一生理解できないということがあっても不思議ではない。
野口先生もそういう中でいろいろな苦労をなさって、その人にはその人の世界があるのだということを認めて、その人にわかるような話をするのだと仰っておられた。
このことを「人を見て法を説く」と言います。ですから、野口先生の潜在意識教育の講座を聴いていると「この間はああ言われたのに、今日はこう言われているじゃないの」ということがたくさん出てくる。
それは百人いれば百通りの答えがあるのです。一つの答えではないのです。けれども、百通りの答えがあることが一つの答えなのです。
つまり、一人一人の体の動きや一人一人の性質というものをもう少し理解できると、世の中はもう少し暮らしやすくなるのではなかろうか。そして、みんなが学んでおく必要があることなのではなかろうかと考え「体癖」という体系をまとめているわけです。