言語間の共通点から人間の能力に迫る(塩原佳世乃/東京女子大学現代教養学部・准教授)
研究発表テーマ:EPPの解釈
生成文法理論の思考法のもと、言語を研究しています。言語に対する他の様々なアプローチから生成文法理論を際立たせている最も顕著な特徴は、生成文法理論が言語学を「自然科学」としてとらえている点にあります。その根幹をなす主張は、言語の研究とは人間が言語を獲得し話せるようになる「認知能力」(そしてそれをつかさどる脳内メカニズム)の科学的研究である、というものです。言語学者は、個別言語を分析し、言語間の共通点からその背後にある人間の言語能力にせまろうと試みます。私自身は、東京大学文学部3年生の時、長谷川欣佑教授(当時)の授業で初めて生成文法理論に触れ、英語と日本語の抽象的なレベルでの〝共通点〟から人間の言語にせまるというその研究仕様に魅了されました。
現在特に関心があるのは、統語部門と音韻部門のインターフェイス、なかでも音が統語に与える影響です。大学院生のころは重名詞句移動や名詞句からの外置などの「英語における右側への移動」や、かき混ぜ操作などの「日本語における左側への移動」という、いかにも「音(重さ)」が語順に影響を与えていそうな現象を分析していましたが、1990年代からの極小主義プログラムの研究方策の影響もあり、より〝統語的〟とされてきた現象に音からの分析を試みることに関心が広がってきています。英文学会第92回全国大会で発表予定の論文では、拡大投射原理(Extended(part of) Projection Principle,EPP)がどのように統語と音韻のインターフェイスで解釈されるのかを探っています。EPPは、英語のit,thereなどの虚辞の存在に裏付けられた「(英語は)(いわゆる)主語を義務的に持つ」というかなり統語的に見える事実を捉えた原理ですが、本論文ではEPPは「主節の左端の音韻句を認可する」という音韻的動機づけを持つことを主張しています。EPPについてはまだ英語の資料しか見ていませんが、今後は音韻特性の異なる日本語などの分析が有益であろうと考えています。(しおばら・かよの=言語学・英語学)