上田司のビートルズの聖地への旅 その5 2020.05.15 04:42 ~ジョンレノンが育った「ミミおばさんの家」~お待たせしました!この旅のハイライトです!いよいよジョンが幼少期に育ったミミおばさんの家の訪問記です。 通称「メンディップス」と呼ばれていますがまずは何故、この「メンディップス」に日本からやって来た一個人の私が 訪問することが出来たかをご説明させて頂きます。そのきっかけは 、リバプールでビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーの育った家を、オノ・ヨーコとポールから依頼され管理しているピーターラビットでも有名な「ナショナル・トラスト」のサイモンさんが、2006年10月16日に来日し私が演奏している「ケネディハウス銀座」へ私に会いに来てくれました。(実はケネディハウスのお客様でもあり、ジョン・レノンミュージアムの館長でもある水澤様に紹介して頂いたのです。)そのとき、私が2007年の1月にリバプールに行くんですとお話ししたところ、サイモンさんが10月から3月ぐらいまでは一般公開はしていないけれど特別に招待してくれる約束をしてくれたのです。そしてそれは2007年1月6日に実現しました。ここからが訪問記です。2007年1月6日家の前に着いた私をサイモンさんが笑顔で迎えてくれた。 玄関から先ず 1 階のリビングに招いてくれた。 そして暖炉や、ミミおばさんの書斎も見させてもらった。 そこにはここで暮らしながら管理している担当の女性がいた。 その方が出してくれた紅茶を頂きながら、サイモンさんが ジョンの小さいころの写真やジョンがハイスクール時代にノートに書いたスケッチブック、通信簿、そしてジョンが使ったギターピックなどを見せてくれた。 15 分程してサイモンさんがいきなり「さあ、ジョンの部屋に行こう!」と2階に案内してくれた。 私はその部屋に入った瞬間、なんとも言えない興奮状態になった。。 ただ叫んでいた。「ジョンの部屋!ジョンの部屋!!」と。 この部屋でジョンが暮らしていて、ギターを弾きながら歌っていたんだ!!まず目に入ったのがジョンのベッドだった。 壁にはジョンが好きだった「ブリジット・バルドー」のポスターが貼られていた。ベッドには、ジョンが弾いていたギターのレプリカが置いてあった。 サイモンさんはここでジョンがポールと一緒に「フロム・ミー・トゥ・ユー」などのビートルズの曲をたくさん作った部屋だと説明してくれた。(その後バスルームやキッチンなども案内してくれた。)ちなみにこの家の裏手の庭先の奥に、ビートルズの名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」で有名な慈善団体が作った戦争孤児施設「ストロベリーフィールド」があるとも言っていた。その後ジョン・レノンの育った通称「メンディップス」の中で1時間近く至福の時間を過ごしたのだった。。最後にサイモンさんが玄関先で見送ってくれました。 サイモンさんはお人柄も良くてとてもやさしい穏やかな方です。私が率いるハウスバンド「スーパーワン ダーランド」のライブも来日された時に楽しんでくれました。そのときはサイモンさんのために「リバプ ール・サウンドメドレー」やビートルズの曲を多く演奏しました。この時は残念ながらポールが育った家は工事中で入れませんでしたが、、再びリバプールを訪れた時は今度はポールの家におじゃまさせていただきます!夢は叶う!! 次回をお楽しみに!