Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

「日曜小説」 マンホールの中で 3 第一章 5

2020.05.16 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第一章 5

 「東山財宝」という言葉がどうも引っかかった。

善之助にとって、「東山財宝」というような単語があるとは知らなかった。東山正信の猫の話であったのに、なぜかそれをひとくくりにして「東山財宝」というような単語になっているは全く思っていなかった。そのような言葉になっているということは、当然に、東山正信の玄祖父が扱っていた旧日本軍の資金というのは、かなり大きなものであったし、また次郎吉の世界、つまり泥棒の世界では有名であったのであろう。

実際に、善之助はまだ「東山財宝」というものの全貌をつかめていなかった。軍の資金であるということはわかる。しかし、その内容までは警察でも教えてくれていない。金の延べ棒などがあるならばわかるが、当時の紙幣などが大量に出てきても、現代からすれば価値がない。ましてや軍票などが出てきても何の価値もないのである。それを泥棒世界が「東山財宝」として狙っているということは、かなりのものではないのか。

 善之助はその疑問を素直にぶつけてみた

「次郎吉さん、教えてほしいのだが、東山財宝といわれるくらい、有名なものなのか」

「ああ、カタギの人は知らないかもしれないが、我々、マンホールの中の世界では伝説のお宝なんだよ」

「伝説のお宝」

「ああ、そうだ。」

「しかし、当時とは貨幣価値も違うから、当時の紙幣なんかたくさん出てきても価値はないのであろう」

「ああ、まあ、そうだな。基本的には金の延べ棒とか、不変の価値のあるものが置いてあるということになっているんだ。東山財宝は、当時陸軍中野学校の将校であった東山常美少将が、当時の軍部を代表して作った資金であるといわれている。実際に、その内容はどの程度かわからないが、我々の間では、当時すでに敗色濃厚であった日本は、国体といっていた天皇が廃止されてしまうのではないかということ、または天皇が戦争の責任を取らされて収監されてしまうのではないかと考えていた。そうなった場合は、日本国がおかしなことになる。まあ、今の日本では考えられないが、当時の日本で天皇をアメリカが殺すなんてことになったら、そのまま突撃して死ぬ人間も多かったと予想していたんだ。」

「まあ、当時の日本ならばありうるだろうな」

 善之助は、死んだ善之助の父のことを思い出した。善之助の父も最後は徴兵されたが、今の日本人とは異なり、日本のため、天皇のために死ぬことに関しては何とも思っていなかった。

ただ、本当に天皇のためであったのかといえば違ったとも善之助の父が語っていたのを思い出した。身近な人や家族などを思い浮かべながら、そのようなことを言っても軍の中では共通の認識にならないので、それらを総称して天皇陛下というように言っていたのではないかと、今の善之助は思っている。みんながお母さんの名前を言っても仕方がない。バラバラになってしまうくらいならば、それらを一つにまとめて天皇というようにするというのだった。

 まあ、今はその話はどうでもよい。そのようなことよりも、そのように「自分の身近な人の象徴となっていた天皇をアメリカによって処刑される」ということになれば、日本の国民の中では、かなりの大事件になるのであろう。そのことは容易に想像できる。そうなった場合、当時まだアメリカを敵視する人々が多い日本では、当然に無事で済むような話ではなかったことが予想されるのである。中には、アメリカ軍に突撃する人間や、徒党を組んで天皇を救出しようとした人もいたであろう。

 当時の日本軍、それも中野学校はそこまで想定していたということになるのだ。

「ああ、東山少将は、敗戦に向けて、もしも負けてアメリカ軍に占領された時に備え、天皇を救出しまたはそれが間に合わなかった場合は、またその時の皇太子を擁立して、新たな皇室を復活させ、そのうえで再度巻き返しをするということを計って資金をためていた。もちろん、東山少将だけではなく、他の将校もそのようなことをしていたらしい。また外国に散っている情報機関、例えば、満州の甘粕機関や東南アジアのF機関などもそのような準備を進め、欧米に対する対抗措置を考えていたといわれている。日本国内にも様々なところに分散して資産や宝が隠された。」

「なるほど、変な都市伝説よりもありそうな話だな」

 善之助は、ありそうな話というよりも、警察署の署長までが同じ話をしていたのだから、信じる以外にはなかった。公的機関が同じ話をしている以上は、ある意味で公的なものなのであろう。

「しかし、その中の一部は全く見つからずに、いまだに隠されたままなのだ。」

「他には見つかったものがあるのか」

「ああ、例えば現在のインドネシアやF機関の資金は、インドやインドネシア、マレーシアの独立戦争によって使われた。もちろん戦争だけではなく、その後の独立政府の資金になっていたことは間違がない。しかし、日本国内に隠されたものはあまり見つかっていない。」

「なるほど」

「それで、東南アジアなどでは、日本に対してよい感情を持っている国民が多いのだ。当時日本における皇室資金や軍の資金に関しては、GHQのダクラス・マッカーサーの片腕とも言われたGHQ経済科学局長のウィリアム・フレデリック・マーカット少将が財閥解体などの経済政策を主導したんだ。この時に、マーカットが東山資金などを探したが、結局最後まで探すことができなかった。いや、そもそも東山少将など、中野学校出身の将校たちに会うこともできなかったのだ。そこで、中野学校などに会った記録をもとに帳簿をつけたが、その資金が全く現物とあってなかったんだ。本来ならばあるはずの国宝や、美術品も全くなかった。」

「そんなことがあるんだね」

「ああ、当時の政府担当者はすべて空襲で焼けたといったらしい。天皇陛下に関するものが空襲で焼けるはずなんてないから、そこで、その金はすべてマーカット少将が隠したといわれているんだ」

「ほう、マーカット少将も随分とすごい濡れ衣を着せられたね」

「その金の噂を詐欺師やブローカーが持ち歩いて『M資金』なんて言ってるんだ」

「『M資金』、聞いた事あるな。その詐欺事件がかなり多かった。でもそのMってのは、マッカーサーのMじゃないのか。」

「それは何も知らないブローカーが持って歩いている間にわけのわからないデマ話をして、時代とともにマーカット少将なんてことは記憶になくなっていたからそうなっちまったんだよ」

 善之助はなんとなく納得した。

 M資金とは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領下の日本で接収した財産などを基に、現在も極秘に運用されていると噂される秘密資金とされている。M資金の存在が公的に確認された事は一度もない。1952年に日本政府が、GHQが接収した資金を全額返金した事を明らかにしている。このため、公式にはM資金は架空の存在として扱われ、実在性は全く無いとされている。にもかかわらず、M資金をふくむ様々な秘密資金を詐欺で語る手口が存在し、著名な企業や実業家がこの詐欺に遭い、自殺者まで出したことで一般人の間でも有名になった。この詐欺事件に関しては善之助も聞いたことがある。

「実際は、マーカット少々もその資金がどこにあるかわからなかった。その資金こそが東山資金であったり、他の陸軍中野学校系の将校が隠した、いわゆる日本再生資金なんだよ。でも、今はそんな資金は全くいらない。また公的には存在しないことになっているから、泥棒が盗んでも特に大きな問題にはならない。」

「確かに、ないとされているものが出て来たら、埋蔵金と同じ扱いになるな。それならば、正当に見つけたというだけの話だ」

「だろ、だから泥棒の間ではかなり有名なんだ」

「ほう、当然次郎吉も狙ったんだろうな」

「ああ、昔な」

「昔」

 次郎吉の声が急に暗くなった。


「爺さん、マンホールの中での話だったが、覚えているか」

「どの話だ」

「俺が、なぜ仲間をとらないかという話だ」

「ああ、仲間がいたが、それがしくじって殺されるのを目の前で見ていたという話だな」

「ああ、その時仲間とやったのが、この東山資金なんだ」

「なに」

 次郎吉は、しばらく黙った。善之助は、茶棚から本日2本目の缶コーヒーを差し出した。プシュッと缶を開ける音がする。そして、次郎吉が意を決したように口を開いた。

「聞いてくれるか」