はにわは私たちのアイデンティティー
2月のある日、ともちゃん、しばっこくん、タバスキーたちは、芝山町立のはにわ博物館にやってきました。タバスキーたちとは、青、緑、オレンジの、丸っこくてかわいらしい3人組。去年の秋に山梨県の丹波山村からやってきて、今はともちゃんやしばっこくんたちと一緒に町おこしに励んでいます。
芝山古墳・はにわ博物館、通称はにわ博物館は、芝山町の一番南の方にあり、関東地方で発掘されたはにわや土器などが展示してあります。町最大のお祭り、芝山はにわ祭りについても、この博物館で色々と知ることができます。
車から降りて、ともちゃんたちはみんなわくわくしながら博物館の入り口に向かっていました。
「あたしも中に入りたいなあ~」
ともちゃんの愛車のヴィッツがつぶやきました。
「後でいっぱいお話聞かせてあげるから!」
ともちゃんは元気よく答えて、ヴィッツの車体をなでました。
「今日は、しばやま郷土史研究会の集まりがあって、学芸員のおじさんが来ているんだ。タバスキーたちにも、会ってほしいなって前から思ってたんだよ」
歩きながら、ともちゃんはタバスキーたちに話しました。
「しばやま郷土史研究会?」
オレンジのタバスキーが首をかしげました。
「うん。3年前に設立されたばかりのサークルで、町の歴史を学んだり、文化財を調査したりどうやって使っていくかを考えたりするんだ」
「へえ~、おもしろそう」
青いタバスキーが言いました。
「学芸員のおじさんって、どんな人なの?」
緑のタバスキーが聞きました。
「のんびりした感じの人だよ。おじさんは20代半ばの頃にこの町に来て、発掘調査も町史のまとめもしている、まさに『歩く芝山町史』だよ!私と同じように外から来て町のために尽くしているから、大先輩だね。郷土史研究会の集まり以外の時にも、私はおじさんのところを訪ねて色々聞いたりしているんだ。何でも知っていて、色々なものを見せてくれるよ。それに、笑顔がとっても素敵なんだ!」
「うふふ。ともちゃん、おじさんの娘みたいだッコ~」
しばっこくんにそう言われて、ともちゃんは照れて頭をかきました。
「こんにちは!」
博物館の洞窟のような入口をくぐって、ともちゃんは元気よくあいさつしました。
「おお、ともちゃんに、しばっこくん。…新しいお友達?」
出迎えてくれた学芸員のおじさんが、ともちゃんに聞きました。
「そう、去年の秋に山梨県の丹波山村っていうところからこの町にやってきたの。タバスキーって言うんだ」
「おじさん、はじめまして~!」
タバスキーたちは次々に言いました。
「はじめまして」
おじさんはタバスキーたちに、にっこりしました。タバスキーたちはおじさんの笑顔を見て、うれしさでいっぱいになりました。
「ともちゃん、ずいぶん早く来たね」
「うん、タバスキーたちをおじさんに会わせてあげたかったの!この子たちも、ここには何回か来てるんだけど、おじさんからも博物館のこと、町のこと、ぜひ色々教えてほしくて」
「おじさん、ともちゃんから聞いたよ。発掘も、町の歴史のまとめも全部やってきたんだって」
オレンジのタバスキーが言いました。
「そうだね…学芸員は一人だから、町の歴史に関することはほとんど私が担ってきたよ。町史編さん委員会で本も書いてるんだけど、よかったら見ていかない?」
「え、いいの?」
「見たい見たい!」
タバスキーたちは、目を輝かせました。
「分かった、こっちにおいで」
おじさんは机の上に色々な本を並べました。
「この上、中、下の3冊が、町の歴史について書かれているんだ。そして、この1冊が、町に伝わる俗話や慣習について書かれているんだよ。俗話については、こっちの1985年に書かれた黄緑の本が元になっているんだ」
「へえ~」
そう言って青いタバスキーが、歴史について書かれている一冊を手にとって開きました。
「ともちゃんも読んでいるの?」
オレンジのタバスキーが聞きました。
「私は今、この俗話や慣習について書かれている一冊を読んでいる途中だよ。しばっこくんはもう全冊読んだよね?」
「いやいやそんなあ~、難しくて、ぼくにはよく分からないッコ…」
「私が今読んでる一冊だけでも見てみた方がいいよ。おもしろい話がいっぱいのっているし」
「うーん…」
「…へえ。はにわ博物館って30年くらい前にできたんだね、おじさん」
青いタバスキーが、本から顔をあげました。
「わりと最近なんだよね。いろんなところから人が来てくれるんだけど、町内の人があんまり来ないんだ」
「え、そうなの?いつでも来られるのに」
「いつでも来られる距離だと逆になかなか来ないんじゃないかなぁ。地元に住んでると、はにわだって当たり前のものになっちゃうしね」
「『はにわが当たり前』って…すごい人たち」
ともちゃんがつぶやきました。
「その価値が分かっていた上で自分たちのものとして認識しているのなら、素晴らしいことだと思うよ。でも、生まれたときから毎日のように目に入っているものについては、あまり深く考えることがない。私は他のところの出身だけど、私にもそういうことがあったよ。自分の住んでいる町に素晴らしいものがたくさんあるのに、その素晴らしさにも、それらと自分との結びつきにも気づけないでいたら、もったいないなぁと思う」
おじさんの話を聞いて、ともちゃんは後ろにあった小さなはにわのぬいぐるみを手にとって見つめました。そして言いました。
「はにわは元々、亡くなった王様のお墓のまわりに立て並べるために作られるようになった、思いやりがこもっているものなんだよね。それに、いろんな顔があって、どれも愛嬌があって。人間って、昔から思いやりやユーモアや、何かを一生懸命作ろうとする心があったんだな、人間って変わらないなって。はにわとか歴史とか、私みたいに趣味にしている人もいるけど、別に趣味にしてなくたって、どんな人にも何か学べることや気づくことがあるものだと思う。私だって、外から来た人間だからこそはにわのおもしろさに気づくのかもしれないけど、ここに生まれ育った人だからこそ感じることも間違いなくあるよ」
「この町のはにわは、東京にある大学の協力を得て、町中の人たちが頑張って掘り出したものなんだ。その一つ一つに、ともちゃんが言ったような、古代人たちの様々な思いがこもっている。はにわを作り出した古代人たちだけでなく、それらをがんばって掘り出した人たち、それらを語り継いできた人たち、いろんな時代を生きてきた人たちの思いが、この町には根づいているんだよ」
「そっか…。それを全然知らない人も多いかもしれないけど、これまで生きてきた人たちのそういう気持ちを受け継いでいる人たちも、この町にきっといるよね」
オレンジのタバスキーが、おじさんに言いました。
「はにわは、この地域のアイデンティティーだと私は思うんだ。町の人たちが自分たちの持っているものをもっと誇りに思えるように、私も学芸員として、できる限りのことはしていきたいよ」
「はにわは地域のアイデンティティー……」
ともちゃんはそうつぶやいて、またはにわのぬいぐるみを見つめました。
「やっぱり、博物館と地域がもっと強くつながることだと私は思うんだ。博物館友の会や郷土史研究会も、そのために役に立ってほしいと思うんだけど…」
おじさんが言いました。
「『友の会』って、どんなことをしているの?」
オレンジのタバスキーが、おじさんに聞きました。
「簡単に言うと、博物館の活動を支えながら、勉強会や史跡めぐりをする会だよ」
「そうだったんだ…博物館の年パスだけじゃなかったんだ」
ともちゃんは、ちょっとびっくりして小声で言いました。
「年パスだけではないよ」
おじさんが笑いながら言いました。
「友の会もだけど、立ち上げられたばかりの郷土史研究会も、もっといろんな人が集まるといいな…とはいえ私、郷土史研究会の集まりにまだ参加したことがないんだ。会で集まってお出かけするお知らせをこれまでももらってたけど、そんなに興味がなくて足が向かなかったときもあったし…」
「あらっ」「おいっ」
そう言って、タバスキーたちがともちゃんをつっつきました。
「くすぐったいなあ。台風のせいで行きたくても行けなかったときもあったんだもん。とにかく今日の内容にはすごく興味を持ったんだ。博物館でやっている企画展をみんなで見るんだけど、かつて芝山がとっても栄えていた頃について、旅館のことを中心にいろんなものが展示されているそうなんだ。タバスキーたちも楽しみにしてて!」
「うん!」
タバスキーたちは、元気よく答えました。
研究会のメンバーたちが集まり、まずはおじさんの説明を聞きながら企画展を見てまわりました。展示のテーマは、『門前町芝山のあゆみ』。「門」とは、町の南にある仁王尊という大きなお寺のこと。戦前まではとてもにぎわっており、仁王尊の前には旅館だけでなく、醤油、梅ようかん、日用品、色々なもののお店があって、たくさんの人がお参りに来ていたのです。お店や旅館で使われていた看板や、食器など様々な道具が展示されていました。町の北の方には小さな機関車まで走っていて、鉄道好きのともちゃんはわくわくしながらガラスにはりついて展示を見つめていました。
「ともちゃんは、たくさんの素晴らしいものがある町に引っ越してきたんだよ」
メンバーの一人で、ともちゃんの知り合いのおじいさんが言いました。ともちゃんは、そりゃそうよ!とばかりに思いました。
展示をみた後は、学習室で研究会の今後の活動のことを話し合いました。この企画展に伴い、今も残っている旅館の建物を開放すること、これからは定期的に会報を出していきたいこと、そして、今後の活動としては、空港の拡張で新たに移転の対象になる地域の文化財などを調べることが話に出ました。
たくさんの課題があることを知り、特に空港との絡みについて、うまくいくのかなあと、ともちゃんは下を向いて頬杖をつきました。でも、おじさんがにこにこしてみんなに話しているのを見て、私もできることはしていきたいと思いました。
集まりが終わった後、ともちゃんとタバスキーたち、しばっこくんは、博物館の下の広場で腰かけていました。広場には梅の木がたくさんあり、今はお花が満開に近くて、とてもいい香りがします。
「企画展、おもしろかった~!」
オレンジのタバスキーが言いました。
「芝山が昔はとても栄えていたことは聞いていたけど、改めて色々知ってすごいなって思ったよ。梅ようかん食べたかったなぁ」
ともちゃんはそう言って、真上に咲く赤い梅の花を見上げました。
「博物館は普段の展示もおもしろいけど、企画展も色々とやっていて、何度来ても飽きないんだろうなあ」
緑のタバスキーが言いました。
「その通りだよ。でも、企画展をやってもやはり町内からのお客さんはそんなに多くないんだって。今は、町に住む人で、はにわが掘り出された古墳に行ったことがない人も少なくないらしいよ」
ともちゃんが言いました。
「殿塚・姫塚の2つの古墳だね」
青いタバスキーが得意気に言いました。
「よく知ってるじゃん」
「さっき読んだ本にのってたもん!それに、ともちゃん、そこで去年の春に一時間半かけて山菜をとっていたって話してくれたじゃん」
「よく覚えてるなぁ」
「毎日暮らしているから当たり前になってしまうっていうのは、私もいくらか分かるかもしれないわ。でも、こんなにすごいものであふれているのに気づかないのはもったいないなって、私も思うの」
オレンジのタバスキーが言いました。
「そうだよねえ。おじさん、つながりが大事だって言ってたけど、はにわ博物館や他の施設、はにわ祭りとかの町の行事、いろんなものが連携すれば、町の至るところでこの町の文化を知ることができて、町に住む人にも、町に遊びに来る人にも、もっと目につくと思うんだ」
ともちゃんが言いました。
「そうなれば、町に住む人は、自分の町には素晴らしいものがいっぱいあるって知って誇りに思うし、遊びに来る人は、素敵な町だなって興味を持ってくれるよね」
緑のタバスキーが言いました。
「友の会は博物館のホームページからある程度情報が得られるのかなと思うけど、郷土史研究会はホームページとかもなくて、私も広報にのっていたのを一回見ただけだったんだ。研究会の知名度自体が低いんじゃないかな。町に残されている宝物やこれまで生きてきた人たちの思いを未来に伝えていくためのものであるし、これから空港の拡張があるけど、その中で町にとって大切なものを、私たちが積極的に残していきたい思うんだ。一見、町の端のはしにある存在のようかもしれないけど、町にとってすごく大切な活動の一つであって、本当は町のど真ん中にある存在なんだと思うよ」
「その通りだッコ!」
ともちゃんの言葉に、しばっこくんが大きくうなずきました。
「おじさんも私も外から来た人間ではあるけれど、それだけこの町に対する好奇心は強いし、外から来た存在だからこそ発見することや、町のためにできることがあると思うんだ。おじさんも言ってたように、私も今ある立場でできることは何でもやっていきたいな。まずは今日あったこと、考えたことを、お話にして私のサイトにのせるよ!町に住んでいる人たちにも読んでもらいたいなあ」
「ともちゃんたちの活動を通して、たくさんの人がこの町の素晴らしさに気づいて、幸せになったらいいね」
青いタバスキーが言いました。
「うん!」
ともちゃんは大きな声で答えて、強く香る梅の花のにおいをいっぱいに吸いこみました。
あとがき
こんにちは。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。しばやま郷土史研究会の集まりがあったこの日、私は芝山町のおもしろさや、今の自分にできることについて、改めて考えさせられました。芝山町の歴史や文化のことが、町に住む人にも、町の外の人にも、一人でも多くの方の目に留まったらうれしいなと思い、お話にしてみました。どこまでが実際にあったことで、どこからが脚色かは、読んでくださったお一人お一人のご判断にお任せします。
このお話は、「学芸員のおじさん」にもご確認いただいた上で掲載しております。ちなみに、おじさんに対して実際には、名字にさん付けで呼び、敬語を使っています。また、このお話は郷土史研究会全体の考えをそのまま代表するものではないです。
お話に出てきた企画展『門前町芝山のあゆみ』は、町立芝山古墳・はにわ博物館にて9月27日まで行われています。江戸時代から現代までの芝山町の歴史を色々な観点から知ることができる貴重な展示です。ぜひぜひ遊びに来てください!
※ご来館に際しては、体温を測るなどあらかじめ体調が良いことを確認しておき、マスクの着用をお忘れなきようお願いします。お手数ですが、コロナが終わるまでの辛抱です!
企画展・はにわ博物館についてはこちら
https://www.haniwakan.com/tenji/kikakuten.html