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吹奏楽に、生きる。

中学時代を振り返る。②

2020.05.21 09:00

中学時代を振り返る。① の続きです。





さて、新しい代となり、僕の役割は「先生を呼びに行く係」となった。


平日の練習は、基本パート練習。


吹奏楽部によくある、古くから伝わる練習を受け継いでやっていくあれだ。


もちろんそれも大切だが、新しい練習法を求めていた僕は、「3度跳躍」や「3度進行」、「20拍ロングトーン」など、とにかく思いつく練習法を提案しては、色んなパートに波及させていた。


部活終了時には号令ラッパが鳴り響く。トランペットパートがファンファーレを吹いたら練習終了、僕が先生を職員室に呼びに行き、ミーティングをして解散という流れだ。


職員室は1F、音楽室は4Fなので、その間先生と色んな事を話した。

音楽の話から何気ない日常会話まで様々だ。


秋〜冬にかけては特にこれといった行事もないので、ひたすら基礎練習ばかりをしていたと思うが、土曜日は先生の合奏がたま〜にあるので、ちょっとした行進曲か何かを練習していたと思う。(記憶が定かではありません😅)



12月も下旬にさしかかった頃、とあるいつものミーティングで、先生が話をした。


「来年、吹奏楽コンクールに出場しようと思う」


一部の部員は喜びの声をあげていたが、当時の僕はなんの事か、ちんぷんかんぷんだった。


コンクール?なにそれ?


そして、年が明けた2007年。


冬休み明けの部活再開と同時に、当時の課題曲「マーチブルースカイ」と、「たなばた(酒井格作曲)」の楽譜が配られた。「不思議なパフ〜怪獣だ〜♪」のメロディに似たブルースカイは、とても親しみやすく、楽しい楽曲だった。


また、コンクールと並行して、4月の入学式、部活紹介に向けても、様々な楽譜が配られた。


「ディズニー・メドレー」や「スターウォーズのテーマ」、「ミッション・イン・ポッシブル」では初めてのソロも体験した。


音楽室での合奏、渡り廊下での合奏、今思えばその一回一回が良い思い出だ。


パート紹介では、パートリーダーだった女子が、ピアノ譜から音を取り出してトロンボーンアンサンブルにし、周囲を驚かせていたのを覚えている。


そして、春。

3年生になった自分達の代は16人。

2年生は25人前後。

そして1年生は31人も入部し、トロンボーンは9人と、かなり大きなパートとなった。


この頃から、練習にもより熱が入っていった。


以前からあったかは覚えていないが、朝練が始まった。当時は7時過ぎから練習出来た。


土曜日は基本9時〜15時までだったので、

その後の時間や休みの日曜日には、近くにあった大和川の河川敷で、同期や後輩達と練習した。

外で吹くと自分の音が聞こえないので、特に音量面ではいい訓練となり、ここでかなり音量レベルが上がったと思う。


ミーティングも多くあった。

パート内では色々な価値観の違い、練習に対しての意欲など、様々な議論がなされた。僕の不注意で謝る事もあったし、僕が怒る事もあった。


学年ミーティングでも、意見の共有が多くあった。正直、部長がしっかりしていたので、3年生同士は仲が良かったと思っている。その分、学年を跨いでの問題がやはり多くあった。まあ、こういう時、吹部男子は基本的に輪には入れない訳ではあるが←


けんかしたり仲直りしたり、泣いたり笑ったりしながら、月日は流れていった…


余談ではあるが、部内恋愛もあった。

深くはつっこまないが、そういった経験も後々考えたら、自分の知らないいいところを知れるきっかけだったし、必死になれる自分も知れたと思う。

悩んだら思いきって、部の中の人か顧問に相談するのも有りだと、個人的には思う。

恥ずかしいので詳細は伏せます。


長くなってきたので、続きはまた次回。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました😊