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もちもちモチーフ

モチーフ理論入門のための道標

2020.05.20 12:57

ここではモチーフ理論、特にVoevodskyらによって構成された混合モチーフの三角圏(DM)について学び始めたい人のために、文献や前提知識を纏めておこうと思います。


筆者は2020年現在修士の1年生で、まだモチーフ理論の基礎を学んだばかりですので、誤りが含まれるかもしれないことをご了承ください。



前提知識

【代数幾何学】

代数幾何学の基礎知識は必須です.しかしモチーフ理論で主に扱うのはNoetherスキーム、中でも主に体上有限型なものであり、抽象論を深めるよりはむしろこのような素性の良いスキームの扱いに慣れることが大切です.その点を考えてお勧めする教科書は

・R. Hartshorne, Algebraic Geometry

です。3章まで読んであれば大丈夫です。

Hartshorneは古典的な代数幾何学をモチベーションとして書かれており、スキーム論はそのために最低限準備するというスタイルですが、よりスキーム論に重きを置いた本としては

・L. Fu, Algebraic Geometry

・S. Bosch, Algebraic Geometry and Commutative Algebra

・U. Görtz, T. Wedhorn, Algebraic Geometry

などが挙げられます.Hartshorneが読みにくい、肌に合わないと感じたらこれらを読むのもよいと思います.


【ホモロジー代数】

Abel圏上の導来関手の理論および三角圏・導来圏の言葉を知っておく必要があります.導来関手については

・志甫淳, 層とホモロジー代数

がお勧めです.三角圏および導来圏については

・R. Hartshorne, Residues and Duality

の第1章に簡潔に纏められているほか、

・M. Kashiwara, P. Schapira, Sheaves on Manifolds

の第1章でも勉強できます.行間が広いと感じたら

・Stacks Project, Derived Categories

では詳しく証明を読むことができます.


【代数的サイクル(交叉理論)】

モチーフの圏は「代数的サイクルを射とする圏」を元にして構成されるため、代数的サイクルはモチーフ理論に欠かせません.

お勧めする教科書は

・W.Fulton, Intersection Theory

です.8章の交叉積の構成まで理解すれば大抵の応用には事足ります.正直この本は難しいです.大量に挙げられているExampleを全て読む必要はありません.

・斎藤秀司, 佐藤周友, 代数的サイクルとエタールコホモロジー

の前半部ではFultonの8章まで相当の内容をより一般のスキーム上で書き直しています.またこの本の6章〜8章にはモチーフ理論に直結する魅力的な話題が取り上げられています.


【エタールコホモロジー】

Grothendieck位相やエタール射の扱いに慣れる意味でも、エタールコホモロジーは勉強しておいた方が良いです.お勧めの教科書は

・E. Freitag, R. Kiehl, Etale Cohomology and the Weil Conjecture

です.エタールコホモロジーの基礎が最初の130ページほどで簡潔に纏められており、とりあえずはここさえ読めば大丈夫です.ただし全体的に行間が広めなので、並行して

・L. Fu, Etale Cohomology Theory

を読むと良いでしょう.こちらは長いかわりに証明が詳しく書いてあり、1〜3章では必要なスキーム論およびエタール基本群の理論がself-containedに纏められているので、足場を固めるのに役立ちます.私はこちらを先に読み始め、途中からFreitag-Kiehlに移行しました.

・斎藤秀司, 佐藤周友, 代数的サイクルとエタールコホモロジー

の後半は主要な定理の証明が省略されているものの、理論を概観するという意味では優れた教科書です.


【ホモトピー論】

A^1-homotopy theoryに足を踏み込まない限り殆ど必要ありませんが、simplicial setの言葉を知っていると何かと便利です.きちんと勉強するなら

・P. G. Goerss, J. Jardine, Simplicial Homotopy Theory

がお勧めです.



モチーフ理論

モチーフ理論の標準的な教科書としては

・C. Mazza, V. Voevodsky, C. Weibel, Lecture Notes on Motivic Cohomology

があります.この本は難しいですがself-containedで、またネットで無料公開されているのが嬉しいところです.証明は時々間違っているので注意が必要です(幾つかは以下に挙げました).また正しい証明も不必要に回くどいことがあります.証明を読んだ後でもう一度考え直し、自分にとって分かりやすい証明に書き直すと良い勉強になります.以下にこの本を読む際に私が参考にした文献や、気を付けるべき点を記しておきます.


【初読の際に飛ばして良い部分】

Appendix 1A, Lecture 5, Lecture 10, Lecture 20は先を読み進めるのに必要ないため、飛ばしてもしばらくは問題ありません.またCdh topologyに関する話は厄介なので一旦認めて進むことをお勧めします.Lecture 15は別の証明を読む、もしくは考える方が良いと思います(後述).


【Milnor K-Theory】

Lecture 5でMilnor K-theoryの性質を沢山使いますが、これについては

・P. Gille, T. Szamuely, Central Simple Algebras and Galois Cohomology

の7章に証明付きで詳しく書いてあります.


【Suslin's rigidity theorem】

Proposition 7.21の証明は何をしているのか分かりにくいですが、これの元になっているK理論のrigidityの論文

・H. A. Gillet, R. W. Thomason, The K-theory of strict Hensel local rings and a theorem of Suslin

を読むとアイディアが分かりやすいです.またrelative curveを作る議論(Lemma 7.9)はより一般的な定理であるTheorem 11.17のところでより丁寧に再証明されているので、Lecture 7の後にLecture 11を読むと良いです(Lecture 8-10とは独立に読めます).


【Nisnevich A^1-local complex】

この本ではDMはD^-(NST)の局所化によって定義され、A^1-local complexのなすD^-(NST)の部分圏と同値であることが後で示されています(Theorem 14.11).このような現象は三角圏のBousfield局所化という抽象的な枠組みで整理できます.三角圏のBousfield局所化については

・A. Neeman, Triangulated Categories

の最後の章で丁寧に解説されており、他の章とは独立に読むことができます.


【DMの諸公式】

Lecture 15の射影空間のモチーフの計算はprojection from a pointを使うなど幾つかの別証明があるので自分で考えた方が楽です.Blow-up formulaの証明はモジュラスを付けた一般化を示している論文

・S. Kelly, S. Saito, Smooth blowup square for motives with modulus

の方法が簡明です.この手法はもともと

・F. Morel, V. Voevodsky, A^1-homotopy theory of schemes

でhomotopy purityの証明に使われたものなので、こちらの当該箇所を読むのもお勧めです.Gysin triangleについては

・F. Déglise, Around the Gysin triangle I

が参考になります.


【高次Chow群】

Lecture 17で使われる高次Chow群のmoving lemmaは

・M. Levine, Mixed Motives

にありますが、この証明のアイディアはChow's moving lemmaが元になっているので、そちらを読むと自然に理解しやすいです.Chow's moving lemmaの証明は

・Stacks Project, Intersection Theory

で読むことができます.


【Homotopy invariance of cohomology】

Lecture 21-24で示しているhomotopy invariance of cohomology(Theorem 13.8)の証明は少し楽をすることができます.Lecture 22の冒頭でLecture 21の結果からTheorem 22.1を導いていますが、全く同様の議論でそのNisnevich位相版であるTheorem 22.3が示せてしまいます(つまりLecture 22の残りは完全に不要です).さらにこの簡略化によってTheorem 21.6はQ=Q'の場合しか使わないことになるため、こちらの証明も少し見やすくなります.以上のような方針で証明が書いてある文献として

・F. Déglise, Finite correspondences and transfers over a regular base

があります.


【誤り・ギャップ】

・Theorem 7.20の証明は基礎体kがperfectでないと成立しません.

・Lemma 8.3の証明は間違っています.テンソル積の右完全性は定義から直接示すことができ、それを用いて随伴性を示します.

・Proposition 13.19の証明にはギャップがあります.具体的には、X=T\tiems A^dに帰着させる部分が非自明です.私は今のところ解決方法を知りません.

・Mayer-Vietoris triangle (14.5.1)はProposition 13.15から導かれると書いてありますが、もっと簡単にProposition 6.14(のNisnevich位相版)から従います.

・Theorem 14.30は2ページの準備のもとで証明されていますが、Lemma 14.21 ("NST=EST")から直ちに従います.

他にもいろいろあったと思います.思い出したら追記します.