これぞ周産期鍼灸の醍醐味!予定日超過タイムリミット10時間からの微弱陣痛タイムリミット1時間に挑んだ症例
予定日超過.5/20/20:30
お世話になっている助産院のN先生から、「明日(5/21)で満41週になる妊婦さんなんですが、陣痛がまだ来ないんです。鍼灸で何とかなりそうでしょうか?」と相談を受ける。
「主治医はいつまで待ってくれるんですか?」と尋ねると、
「明日の朝の8時半には外来に行くようになってるんです…。」
「えっ!?!明日ですか?!」
つまり、今夜中に何とかしないと明日の8時30分には強制的に入院が決まっているということである。
相談を受けた患者さんは、二人目を妊娠された20歳代の妊婦さんで、元々N先生の紹介で、妊娠中期から腰痛や咳などで治療に来てくれていた方で、ここ最近は来られていなかった。
一刻を急ぐので取り敢えず来てもらうことにして、ご主人と一緒に来院されたのが20時30分(5/20)。
この時点で
強制入院までタイムリミット10時間。
予定日の確認
先ず、予定日の正誤の確認をすることに。
そもそもこれが間違っていれば、予定日超過ではない。
5月12日が予定日だったということで、本当にあっているかを計算。
最終生理日開始日から3➖➕7方式で計算すると、5月13日と出たので主治医の見立ては間違っていない。
ということで本当に予定日を超過している。
あらためて主訴は予定日超過である。
陣痛促進穴の高さの確認
次に、陣痛促進穴の高さを確認。
予定日の一週間前になると背部督脉(脊柱)上脊際(おおむね左側)に非生理的な反応が現れる。
これを“陣痛促進穴”とする。
陣痛促進穴が第5胸椎の高さまで降りてきたらいよいよ陣痛が訪れる兆候で、ここに円皮鍼を貼ると48時間以内に陣痛が始まる。
陣痛促進穴の高さで予後を判定する。
- そもそも現れていない…難治
- 第3胸椎までしか降りていない…第5胸椎に降りてきて円皮鍼を貼ってから48時間以内なので、強制入院までのタイムリミットから逆算して間に合うかどうかを判断する。
- 第5胸椎まで降りてきている…48時間以内に必ず来るので、強制入院までのタイムリミットから逆算して判断する。
これらを鑑みて、この時点で1と2ならアウトである。
座位開甲法で確認すると、第5胸椎の左脊際に陣痛促進穴が降りてきているので、希望を叶えるための最低限の条件は満たしている。
ただし、貼ってから48時間以内なので、今ここに円皮鍼を貼ったとしても、後10時間しか猶予がないので難しい局面に変わりはない。
これが2日前なら楽勝とはいかないまでもグンとハードルか下がるのでホッと一安心なのだが…。
この事を伝え、「38時間前倒しにできるかもしれないから、やれるだけやってみましょう!」ということで、双方合意の上で治療開始。
それと、新型コロナウイルス感染症の影響で、病院でのお産になると退院するまで家族にも会えない決まりらしく、「すごく不安です」と。
その言葉を聞いて、なおさら助産院で生ませてあげたい、ご主人や子どもさんがいる中で安心して臨ませてあげたい、ご家族で幸せな瞬間を迎えさせてあげたいという思いが強くなり、断固たる決意で診察に当たった。
ここでN先生も到着。
起こし鍼
診察に入る前に、正しい情報が得られるお体に整える鍼を行う。
- 左右のTポイント(内踝前下方で前脛骨筋腱の内縁の圧痛硬結)の圧痛を比較して圧痛の強い側をてい鍼で補う。
- 脈会を同じくてい鍼で補う。女性は右の太淵を、男性は左の太淵を補う。
1つ目は、(一社)兵庫県鍼灸師会前会長の田頭誠司先生に、2つ目は、(公社)群馬県鍼灸マッサージ師会元会長の香取利雄先生に教えてもらった方法である。
以上を起こし鍼として、私の臨床では、必ず最初にこれを行う。
診察
☑脉状診 浮、数、実。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚証。
☑適応側の判定 女性であれば本来は右であるが、赤ちゃんが降りてくるようにしないといけないので左とした。
理由は左足の経絡には気を引き下げる作用があるから。
本治法
用鍼は銀1寸3分1番鍼で左太谿を補う。
検脉すると腎が充実、母経の肺も充実している。
相剋する右関上沈めて脾の脉位に邪気実を触れるので脾経を切経し、最も邪気実が客しているツボを探す。
本来は反対側の右の脾経から選穴し適応側を左右に振り分けて補瀉調整するのが重虚極補の相剋調整療法であるが、それはそれとして、本症例では気を引き下げることを優先し、相剋経も主たる変動経絡の生気を補った側と同側の左側の脾経を選択した。
切経すると地機から陰陵泉にかけて反応があるが、ふと予定日超過や微弱陣痛には古来より、
“合谷を補い三陰交を瀉せ”
とあるのを思いだし、敢えて三陰交を切経すると確かに反応がある。
そこで、古典に倣い、用鍼はコバルト1寸3分2番鍼で左三陰交に弦実に応ずる瀉法を行う。
検脉すると寸関尺がスーッと伸び、和緩を帯びたので生命力の強化は完了。
これで一応は子宮に火は点した。
標治法
先ほど確認した陣痛促進穴に円皮鍼を貼付。
※この場合はパイオネックスだと効きが甘い。
これで48時間以内には必ず陣痛が来ることは担保された。
安産12穴
さらに気を下げ子宮を収縮させるために、肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に施灸。
手技手法は知熱灸。
先ずは15壮すえてみた。
まだ足すか足さざるかを日本はり医学会方式で確認。
艾をツボに近づけた時と離した時とどちらの方が変化するかで判定。
肩井に艾を近づけた時の方が肩が緩めばさらに施灸、離した時の方が肩が緩めばそれで度とし、このようにして体に必要な限度一杯まで施灸して最大限に効果を引き出す。
これがお灸における究極である。
追加する場合は5壮ずつとした。
結果各ツボに25壮ずつ知熱灸を行った。
※施灸は座位で行った。
止め鍼×セーブ鍼
治療の仕上げとして、ドーゼの過少を調節するために、中脘穴→非適応側の天枢→適応側の天枢→下腹部正中の最も虚した箇所に火曳きの鍼→百会左斜め2~3㍉後ろの陥凹部に補鍼。
セルフケア
ご本人に起きている間は暇さえあれば合谷を揉むように、ご主人には肩井を指圧するように指導した。
中野「ご主人の下のお名前は?」
ご主人「⁉👀Yですが…。」
中野「それなら絶対大丈夫!限りなく可能性ありますよ!!」
患者さん「えっ何でですか???」
N先生「中野先生は名前で分かるんですよねー(*^^*)」
中野「ご主人とびっきり優しいでしょう!」
患者さん「はい。えーすごい!!」
中野「だから絶対大丈夫!ご主人夜通し指圧してくれますから。」
ご主人「ハードル上げんといてくださいよ(^_^;)」
微弱陣痛.翌5/21/7:30
朝7時前に起きると、スマホにN先生から着信履歴が。
ショートメッセージを確認。
「おはようございます。○△□さん、まだ、弱いですが、陣痛がきて、助産院に来てもらってます。朝からはお忙しいでしょうか?」(原文ママ)
N先生に連絡。
「スイマセン、今気づきました。陣痛来たんですね!」
「夕べの5時頃から陣痛が始まったみたいです。間隔が狭まってきたので、6時過ぎから来ていただいてるんです。ただ、まだ弱くて…。お手伝いしていただけないでしょうか?」
「分かりました。直ぐ行きます!」
往診セットを携え助産院へ。
分娩室に入室したのが、7時30分。
ここで陣痛がおさまったら8時半にはやはり病院に行かなければならない。
このまま本陣痛に持っていけるかどうかは中野の双肩に託された。
強制入院までタイムリミット1時間
元気玉
絶対に患者さんの希望を叶えてあげたかったので、入室前に中野とSNSで繋がって下さっているみなさんに元気を分けてもらおうと考えた。
呼び掛けた内容は以下の通り。
「今分娩室でお産のお手伝いをしています。みなさん僕に力をかしてください。」(原文ママ)
この時はありがとうございました。
お陰様で、押し手と刺し手にみなさんから分けていただいた元気を宿し、とびっきりの鍼を打つことができました。
この場をお借りして御礼申し上げます。
そして、孫悟空と鳥山明先生に感謝申し上げます。
N助産院
N助産院の分娩室は畳の和室で、分娩台がなく、お布団が敷かれそこでお産が行われる。
座った方が楽ならバランスボールのようなものもある。
自由にお産できるスタイルだ。
お産が終わればここがそのまま入院部屋になる。
窓を開ければ田んぼと山が見え日常の喧騒とは一切かけ離れた空間になっている。
とてもアットホームで、これがN助産院のいいところだ。
もし健康状態に不安がなければ、是非助産院でのお産をお勧めしたい。
診察
入室すると、患者さんはお布団で横になり陣痛の痛みに耐えている。
N先生と応援で駆けつけられたもう一人の助産師の先生がお声がけをされ腰を擦ってあげている。
ご主人が手を握って一緒に呼吸している。
陣痛の波がおさまった隙に脉診。
本陣痛が始まると虚実が分からなくなる。
その場合は治療はいらない。
浮いて広がってバンバン打っているがまだ虚実が分かる。
比較脉診は腎虚だ。
ということは、まだ本陣痛ではない。
治療がいる。
確認する必要もなく適応側は左。
選穴は太谿。
本治法
安産12穴
左側臥位でも右足の小指ならお灸できそうなので、右の至陰尖に知熱灸。
陣痛が始まったら場を離れ、波が去ったら素早く施灸というやり方で25壮。
標治法
右肩が上になっているので服の上から右肩井に打鍼。
やはり陣痛が始まったら場を離れ、波が去ったら素早く打鍼をひたすら繰り返す。
一度内診をすることになって、退出。
ようやく8センチ。
ステーション(児頭下降度)はまだ高い。
再び入室して、肩井の打鍼。
陣痛の間隔はドンドン狭まっているが、波の持続時間がまだ短いとのこと。
ご主人が手を握って下さっているので、合谷の指圧をお願いした。
合間合間で赤ちゃんの心拍を計ったり呼吸を指導するN先生。
腰を擦っているもう一人の助産師の先生が「いい感じで降りてきてるよー!もうちょっとだから頑張れ頑張れ!!」と。
痛みに耐え忍ぶ患者さんの叫び声がドンドン大きくなる。
時計の針はまもなく8時30分。
人事を尽くして天命を待つ
中野の治療所の診療時間が近づいてきたので戻らなければならず、最後に脉状を確認して、虚実が分かりにくなってきているのでこのまま本陣痛に突入することを確信して退出。
助産院をあとにした。
そして…
10時30分、臨床中に吉報が入る。
「9時13分に3,150㌘の元気な男の子の赤ちゃんが生まれました。先生ありがとうございました。」
N先生からのご報告をいただいた刹那、心の中か脳内かは定かでないがガッツポーズ(*≧∀≦*)
午前の臨床が終わり、お昼休みに再び助産院へ。
N先生に経過を教えてもらうと、「先生が帰られてからあの後直ぐに破水して、そこからトントン拍子にことが進んだんです。鍼灸ってすごいですね。いつも助けていただいてありがとうございます。○△□さんに会っていかれますか?」
流石に遠慮したのだが、ご本人さんが是非にということで、お祝いの言葉だけかけさせていただいた。
それとご主人にお礼を。
「ホンマに夜通し指圧してくださったんですね。ご主人のお陰です。ありがとうございました。」(*^o^)/\(^-^*)
終わりに
N先生とのご縁で周産期医療に携わらせていただけるようになり日が経ちますが、予定日超過タイムリミット10時間、陣痛が来たと思ったら今度は微弱陣痛タイムリミット1時間という過去一しびれるご依頼でした。
お陰様で今回も応えることができました。
何より、助産院でご家族と一緒に赤ちゃんを生みたいという、患者さんの希望が叶ったことが嬉しくて言葉になりません。
この喜びや達成感が周産期鍼灸の醍醐味です。
僕は一介の開業鍼灸師です。
それでも頑張れば、誰でもこのぐらいはできるようになります。
大好きな言葉があります。
“善意よりも実力を”
心は備わっていて当然です。
言うまでもありません。
結果を出すためには腕が要ります。
腕を上げるためには圧倒的な練習量です。
それはそれは途方もない道のりです。
私も駆け出しの頃は、患者さんはおろか自分の家族さえも治せませんでした。
来る日も来る日も技術修練に明け暮れ、鍼灸医学を勉強し、昨日治せなかった患者さんを今日は治せるように、今日治せなかった患者さんを明日は治せるように学と術を磨き続けて今があります。
お陰様で今はどんな難症難病であっても、1%でも治る可能性があるならやってみようと思えるようになりました。
少しでも参考になっていただければ幸いです。(了)
ここからは
東洋医学からみた予定日超過や微弱陣痛の病因病理
- 命門の火の不足
- 肝鬱気滞瘀血
命門の火とは、活動力の根源的エネルギーです。
この命門の火という陽的なエネルギーが在るからこそ、私たちのあらゆる細胞・組織・器官・臓腑・経絡・四肢・百骸が活性化され活動力に変わります。
陣痛も同じです。
子宮に火を点すためには命門の火が燃え盛らなければならないのです。
この命門の火が不足すると陣痛が起こりません。
また、命門の火が充分燃えていても、ストレスがあると、この命火という陽気が子宮にまで巡らないために陣痛が起こりません。
これを肝鬱気滞瘀血とします。
微弱陣痛も同じと考えてください。
生命力の強化は命門の火を活性化させ、気の巡りをよくする。
『難経』という古代の中国の医学書にそのように記載されています。
これが鍼灸医学の本道で、流派により手段の違いはあれ、生命力の強化という目的は同じです。
私が臨床実践している経絡治療という流派では本治法で生命力を強化し、命門の火を活性化させ、子宮に火を点けます。
安産12穴
古来より行われてきた方法で、妊娠中の様々なマイナートラブルの治療と予防を兼ねます。
私の治療室では、予定日の20日前から予定日超過や微弱陣痛を回避するために、肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に知熱灸をすえます。
これらのツボにお灸することで、赤ちゃんが段々と下に下がってきて、予定日通りに生まれやすくなります。
特に肩井と合谷は気を下げる作用が強く、江戸時代では中条流という堕胎専門の流派で使われていたそうです。
それぐらい下に降ろす作用が強いツボです。
間違っても臨月に入るまでは絶対に使わないでください。
かなりの確率で下りてしまいます。
ただし、予定日超過や微弱陣痛の時には逆にこれ以上にない特効穴になります。
何でも表裏一体メリットデメリットがあるということです。
どうか使い方を間違えないようにしてください。
陣痛促進穴
本文で説明してあるので概要は省きます。
(一社)東洋はり医学会新潟支部の齋藤義昭先生と、同京都支部の宮川普賢先生に教えていただいたツボです。
幾度も使いましたが毎回必ず48時間以内に陣痛が起こります。
証
予定日超過や微弱陣痛の証は、腎虚脾実証か肺虚または脾虚が本証で副証が肝実証ということになりますが、多いのは腎虚です。
適応側は左です。
左足の経絡には気を引き下げる作用があり、左半身の経絡は気を開放する作用があります。
胎児を降ろし、子宮口を開きます。
入浴の大事
案外にお風呂に入ると陣痛が起こる場合があります。
これこそ陣痛を阻む肝鬱気滞の影響力を物語っています。
リラックスすることが大切だということです。
また温まることで、命門の火を活性化することができます。
山本哲齊先生に温泉は火と水で火(カ)水(ミ)や、神や、命門やとその昔に教わりました。
温泉までいかなくてもお家のお風呂も温かい水で火(カ)水(ミ)=神です。
もちろん、今回も20日の夜の治療の時に、帰ったらゆっくりお風呂につかるように指示しました。
ちなみに分娩室で使った打鍼は、山本先生にいただいた槌とてい鍼です。
診察前の起こし鍼と治療の仕上げの止め鍼✖セーブ鍼
起こし鍼を行うことで、大地のエネルギーが足から入り治療が効きやすい体にしてくれます。
また、脉やお腹が診やすなり、誤診や誤治を防ぎます。
止め鍼はドーゼの過少を調節し、万が一誤診したとしてもそれによって起こる誤治反応を最小限に止めてくれます。
正治であれば効果をさらに引き出してくれます。
セーブ鍼は治療効果を次回まで保存する方法で、ドラクエでいうセーブみたいなものです。
三國志に出てくる魏の曹操の主治医である華佗の知り合いの知り合いに教えていただきました。
※写真はアメリカ講演の時に使用したものでSTEPが飛び飛びになっていますがご容赦ください。
日本はり医学会方式について
(一社)日本はり医学会名誉会長の宮脇優輝(旧名和登)先生が選びに選び抜いた十二経の一穴なら触るだけで主訴が変わらなければウソだという強い信念の元、証決定を客観的に再現するために行ったのが始まりです。
恐らく歴史上で初めて経絡治療を科学した鍼灸師だと思われます。
本症例で、安産お灸の壮数の判定に使ったように治療の適否や良否、診断の正否になど何にでも応用できます。
これから行う治療の結果を判定できるということは、“未来を診る”ことができるということです。
詳しくは以下の動画をご覧ください。