「日曜小説」 マンホールの中で 3 第一章 6
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第一章 6
「あの時は、まだ駆け出しの泥棒でさ」
次郎吉が話し始めた。善之助は目が見えないのでよくわからないが、声の調子からよほど思い出したくないことなのか、かなり話しづらそうであり、そして少し泣いているのか、所々言葉に詰まるところがあった。
「次郎吉、話づらったら話さなくても」
「まあ、この話は知っておかなきゃならない話だよ」
善之助は、マンホールの中で聞いた話を思い出した。確か、繁華街の宝石店に泥棒に入って仲間が目の前で殺された話であったはずだ。
「少しまとまった金が必要でな。それで当時一緒に仕事していた錠前師の昇と組んで仕事していたんだ。昇の仕事は素晴らしかった。もともと手先が器用な男でね。そのうえ勘がいいというか、あいつと一緒にいると開けられない金庫なんてないと思っていた。相棒というよりは俺よりも少し年上で先輩、まあ、泥棒のことをいろいろと教えてくれたんだよ。」
「師匠ということか」
「いや、泥棒の師匠はほかにいるんだ。師匠というよりは、優しい先輩というかな。まあ、そんな感じで一緒に仕事していたんだ。あそこやってみろとか、ここは難しいから俺がやるとか、そういった感じだったんだ。」
「そうか、まあ、いい先輩というのはいるよな」
善之助はゆっくりとうなづいた。自分も警察官の時にそんな先輩はある。警察学校の時の共感とは別に、先輩で教えてくれた人というのもいるし、また、もっと上の先輩でイロハを教えてくれるような人もいた。警察の方でそのようなことがあるならば、当然に泥棒の世界でも暴力団の世界でもあるはずだ。人間というのはそういうものなのかもしれない。善之助は、なんとなくそんなことを思い出した。
「それで爺さん。実はそのころ、俺も泥棒という商売になんとなく疑問があったんだよ」
「ほう、次郎吉でもそうなのか」
「そう、他人様の物を盗むというのは、それでよいのかと思うようになっていた。何だろう、泥棒という商売にプライドを持てなかったんだよな。本物の泥棒と、生活のために他人様の物をいただくようなコソ泥とが区別ついていなかった、泥棒という商売に哲学がなかったんだよ。」
「そのころそうやって悩んでいたから、今立派な泥棒になれたんだな」
立派な泥棒といって、自分でさすがに笑ってしまった。善之助は一応仮にも元警察官である。その「窃盗罪」の犯罪者を「立派な泥棒」と「コソ泥」に分類して、立派な泥棒を評価するようになるとは思っていなかった。
「なに笑ってんだよ。まあ、いいか。それでな、そんなときに昇から言われたんだよ。誰のものでもない、それもかなりの額のお宝がある。まあ、一生遊んで暮らしていけるくらいの価値があるものだ。それ以上に、そのお宝を探したら泥棒の中でも名前が上がるってな。」
「それが」
「そうそれが東山資金だったんだ。初めのうちは幽霊とかうUFOとかと同じ都市伝説とかオカルトの話かと思ったよ。そん時はまだか思われていなかったから図書館とか言って調べていたしね。そうしたら、東山正和、そう今探している猫の置物の作者、正信の親父だ。その親父と関係があるということが分かった。それで、その東山正和の家に忍び込んで……。」
「忍び込んだということは、その時に、彫刻工房はあったのか」
「まさか、そのころはまだ、その正信も子供で、ちょっと彫刻に興味がある少年という感じだった。まあ、続けるぞ。東山の家にあった宝石、この宝石がなぜか五つに分かれていて、その五つの宝石を集めると東山資金の場所がわかるらしいということが分かった」
「ほう、五つの宝石」
「まあ、宝探しの漫画みたいな話だけどな。その宝探しの中で、五つに分かれた宝石を集めなきゃならない。もちろん、水晶みたいなものなのかどんなものなのかも全くわからないんだ。その資料がほしくて東山の家に入ったんだよ。東山の家は、ご存じのように川沿いの閑静な住宅地の中にあってな。その住宅地に入るのはそんなに難しいことではなかった。昇がいたときは、鍵を開けて家の中に入り、金庫も昇が開けるというような感じになっていたんだ。それで東山の家に表玄関からお邪魔して近の金庫室にあった帳簿を失礼したんだ」
東山の家に地下室があること自体が初めての情報であった。善之助は興味深くその話を聞いた。
「そうしたらその宝石の一つが、駅前商店街のジュエリー・エスにあることが分かった」
「ジュエリー・エスといえば、当然に、あの暴力団郷田連合の郷田組長の女がやってる店だな」
「そう、でも駆け出しの俺にはそんなことは関係がない。そこで、従業員入り口のカギを開けたんだ。ここは宝石屋だから難しい。だから俺が行くって昇が言ってな。それで俺は何かあった時のために天井に隠れたんだ。仕事は快調だったよ。まさか郷田も自分御店に泥棒が入るなんて思っていなかったし、それに、まあ、今から考えればあの商売の人間が本物をあんなところにおいておくはずはなかったからな。あの店にある宝石は、ほとんどがイミテーションなんだ。そんなこととは知らず、昇はうまく入った。俺は念のために天井裏のコードを切って、カメラをすべて切っておいたよ。」
「カメラとかは詳しかったのか」
「ああ、だから幽霊騒ぎの時には、うまくカメラを仕掛けることができた。あの頃からカメラの位置には詳しかったな。昇はだからカメラも何も全く気にしないで、店の奥の金庫から宝石を盗むことができた。その宝石を天井裏にいる俺に投げて、そのまま出てるはずだった。しかし、昇に悪い癖、そう、もう少し盗んでやろうと欲が出たんだな。その欲が出たから他の宝石もというような感じでカバンに入れ始めたんだ」
「ほう、それは計画になかったのか」
「ああ、なかった。運良く、いや結果的には運悪く台風の日でね、その日、商店街近辺の電線が切れたとかで、停電になったんだ。まあ、こっちも該当とか外が暗くなったからわかったんだがね。今から考えれば、近くで飲んでいた郷田連合の連中が、台風で近くの建物に避難してきたんだな。表から組長、そして裏から近くに車を止めたのか、子分の運転手が入ってきちまったんだよ」
表というのは、シャッターのことを言うのであろう。まあ、組長が裏口から入ってくるというのもおかしな話だ。店から郷田連合の事務所は遠く、川を渡らなければならないから、こっち側の女の店にいて、そのまま台風で川が水かさを増したから店に一時避難するというような感じであったのであろう。善之助は、当時の事件記録を思い出していた。
「次郎吉さん。あの時郷田組長は店にいなかったことになっているが」
「いや、郷田が入ってこなければ、シャッターが開くようなことはなかったんだ。もしも入ってきたときのために、シャッターの横の観葉植物のところに隠れることにして下見の時に地図を描いたからよく覚えている。その観葉植物のところから組長が入ってきたから昇はちょうど挟まれた感じになったんだ」
「なるほど」
「それでな、捕まって何発か殴られた。そして銃で二発撃たれたんだ。一発は腹、一発は足だったと思う。そして死んでから銃を握らせて昇の指紋をつけ、そして天井や壁に二発くらい弾を撃ったんだ。争って昇が銃を取り出して、そのうえで、揉み合いの中で昇が打たれた形にしたんだな。そして警備員役の子分にも銃を握らせて、あとはあいつらが出ていった。」
「お前は」
「ずっと天井で見てたんだ。近くを拳銃の弾が抜けていったよ。組長は、後始末しておけといって、最後に邪魔が入ったから飲みなおしだといって出ていった。目の前で昇がいなくなったのに」
次郎吉は、悔しそうに言った。
「で、その時の宝石は」
「さっき言っただろう。宝石どころではない、ただのプラスチックだ。まあ一応残してはあるが。まあ関係ないだろう。たぶん郷田連合の事務所の中に本物があるはずだよ」
「面倒なところにあるな」
「ああ、もしかしたら郷田が集めているのかもしれない」
「それも考えられるな」
「爺さん、ちょっと調べてくるよ」
「気をつけろよ」
次郎吉は、いつもよりも心無しか元気のない足取りで出ていった。