第2章 医食同源
紀元前古代中国を統一した秦の始皇帝・政は不老長寿を夢見た。その夢は日毎に募り、不老不死 の仙人が住むという山東半島の東、渤海湾に浮かぶ蓬莱島に使いを出し、不老不死の妙薬を求めた。 秦はわずか二一年で滅びる。妙薬が見つかったか定かでない。義経伝説の様に、大陸で別の国を造り 上げていたかも知れない。
江戸、正徳三年(1713)福岡藩の儒学者、貝原益軒83歳は自らの経験にもとづき、長寿の秘訣「養生 訓」を世に問うた。人間の身体に関する養生とは、①生活に留意し健康の維持、増進を図る事、摂 生であり ②病気の回復に努める事、保養であるとしている。 この書で益軒はどうすれば健康で長生きができるのかを、飲食、飲酒、用薬、養老等八巻にまと め、人生で一番大切な事として「よく我が身を保つべし、これが人生第一の大事也」と説いている。 我が身を保つ為の大切な一字は「畏れる」という言葉であり、畏れるとは身を守る心構えであると している。江戸の頃404種あったという疾病。現代は飽食からくる心筋梗塞、脳梗塞に代表される成人病や、 糖尿病からくる合併症等は不規則な生活や不摂生な食生活が起因している。これらの疾病は遺伝的 要素が引き金となる悪性腫瘍とは異なり(最近では遺伝子治療により改善されている)、自己の裁量によりある程度予防出来る疾病とみられ、無理のない生活、バランスのとれた食事による、予防医学と 関連してくる。
人間と云う生物は勝手なもんで、自分の体の調子が悪くなるとやたら薬だぁ医者だぁと騒ぎ出す。「騒ぎ出す前にする事があるでしょ」日頃の自己管理が肝要なのである。かって米国では、自己管 理の出来ない人間は出世しない、と云われた。今はどうであろうか。病気になる前に病気にならな い様に気をつける、予防医学が「生活習慣」「食」と密接に結びついてくる。バランスの悪い食事、不摂生な生 活の繰り返しが、人間が生まれもった「自然治癒」と云う素晴らしい働きをもった遺伝子、細胞を 最大限に生かしきれずに、病気となる人が多い。ひとつひとつの細胞の命は限りがある。この細胞の命を最大限に生かし、最大限に働いて もらえている人間こそが、病気に打ち勝ち、その人に与えられた寿命を全う出来るのである。
三度の食事は、食欲を満足させるのも大事、美味しい物を食べてリッチな気分になるのも大事、 毎回の食事毎にこれは体にいい、これは体に悪いからと考えながら食べるのは、つまらないし疲れる。 肉ばっかり続いたら野菜も少しとりましょか、てな具合に無理のないフィードバックが、必要以上 の医者通い、必要以上に薬に依存する体質から抜け出されるのである。健康には秘決はない。ただ 毎日の積み重ねが、川の流れの様に穏やかな和みの健康体をもたらすのである。これ即ち「医食同源」職場でのサラ飯も、家庭でのイエ飯も多種少量、バランスのとれた食事が 大切だ。 3時間待って3分間治療の医療機関にかかるより、毎日、毎食旬で旨い物をメニューに加えた自分のレシピを考え、妻や相性のいい連中と好きなビールや酒、ワインを酌み交わしながら、笑いそし て涙ぐむ。ここに異常に医療機関や薬に依存ない、秦の始皇帝が夢みた、貝原益軒が提唱した、現 代の万物の霊長が望む長寿・長生きの秘訣がある。
「晩御飯 帰る前には 確認し」 「 ほめ言葉 同じメニューが 三度でる」
てなことも多いが、家で食べれることは幸せである。心もメニューも温かい。
江戸時代、お年寄りは何でも知っている貴重な人間であった。余り出来が良くないと思っても子供や孫を育て、それなりに生活の基盤を与え、その子孫達が進路をたがわぬ様、口煩く説教し、可愛い孫達 には無駄だと思っても金品をあげ、親たち以上に優しくされ大切にされ重宝された。 この章に登場した益軒が「養生訓」を著したのが83歳、人生50~60歳の時代、平成の時代 でいえば地方自治体から表彰される100~105歳位であろうか。この年令にしてこの気力、こ の記憶、「養生訓」成程合点である。
益軒の他にも元気なお年寄りは沢山いた。72歳で失明してからも、一人息子宗伯の嫁お路に口述 筆記をしてもらいながら大作「南総里見八犬伝」を完成させた滝沢馬琴。浮世絵師・歌川広重は、「東海道五十三次」に続き最晩年の安政3年(一八五六)から5年にか け集大成というべき「名所江戸百景」を刊行、安政5年1(858)9月6日63歳で病没、コレラに罹らなければもっと長生きしていたと思われる。同じ時代に葛飾北斎もいる。出戻り娘お栄と貧乏をしながら、共に制作に精を出した北斎は天保5年(1834)の75歳の時、「富嶽三十六景」初版を刊行。更に80、90、100歳を超 えたら、こうした作品を描きたい願望を述べている。 「願わくは長寿の予言が 妄ならざるをみたまふべし」と述べている。江戸の文化人たちに見倣い、令和の御隠居さまも、自己研鑽に精を出すときである。 <チーム江戸>