死と復活を祝す記念日・お誕生日おめでとうございます。
聖堂に伏せる海石や緑さす 五島高資
初弥撒や日の降りそそぐ海の底 高資
海底(うなそこ)に星の光や弥撒始 高資
楠原天主堂・福江島ー 場所: 楠原教会
死と復活を祝す記念日・お誕生日おめでとうございます。生まれてくださってありがとうございます。出会っていただき感謝です。平和で健やか、喜びに満ちた一年でありますように
https://totsuka-church.wixsite.com/catholic-harajuku/mass
【ミサと祈り】 より抜粋
ミサは、イエス・キリストの死と復活を記念し、その復活の恵みにあずからせていただく、喜びに満ちた感謝の祭儀です。
最後の晩さんに起源を持ち(マルコ14:22-25、マタイ26:26-29、ルカ22:15-20)、神の国が完成されるときに行われる子羊の婚宴の前表でもある聖なる会食です。
その会食でいただく食物は、キリストの御からだ(ご聖体)、すなわち永遠の命の糧です。
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」(ルカ22:19-20)
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。 生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。」(ヨハネ6:54-57)
キリストは、ご自分のすべてを与え尽くすほど、私たち人間一人ひとりを愛しておられます。ご聖体(パンのうちに現存されるキリスト)をいただいた私たちは、置かれたそれぞれの場所で、神様の愛を分かち合いキリストの光を輝かせていけるよう力づけられます。
時じくの桃カステラや涅槃西風 高資
ふふみたる桃カステラや風光る 高資
三月三日は桃の節句ですね。桃ば百。イザナギ尊がこの世と死者の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)まで辿りつき、桃の実を三つ追っ手に打ち付け黄泉の国から逃げ帰った話を連想します。モモが三つだと九十九、ツクモ・白であるはずなのになぜ百とも書くのでしょうね。
五島高資 五島には、八匹雷というお菓子があり、はっちかんかんだご三つという歌が残っています。八匹雷は、大雷、火雷、黒雷、折雷、若雷、土雷、鳴雷、伏雷で、三つのだごは桃ではないかと思われます。よみがえりのまじないです。
https://www.phantaporta.com/2017/12/blog-post1831.html?fbclid=IwAR3dALkRGbEt7iZ15V6E7QFzNvDtRtMPoRlfpbn9d5bEHm14Tsro9LwlJ6w
【実在していた? 日本神話の冥界・天界はどんな場所?】 より 冥界は複数あった
古代日本人にとっての死後の世界 古代の日本人たちは、死後の世界はひとつではなく、様々な場所に存在するものだと考えていました。 712年に成立した日本最古の歴史書『古事記』や、720年に完成した歴史書『日本書紀』には、高天原(たかまがはら)、黄泉(よみ)の国、常世(とこよ)の国といった死後の世界が登場します。これらはそれぞれ天上、地下、はるか遠い海上にあり、住んでいる者も異なるとされていました。
3つの死後の世界がどのような場所なのか、簡単にご紹介しましょう。
・高天原
天上にあり、神々や天皇の霊が住む尊い他界。
・常世の国
はるか遠い海上にあり、日本人の祖霊が住む明るい他界。幽世(かくりよ)とも呼ばれます。中国の神仙思想の影響を受け、常世の国は不老不死の国であるとする信仰や、死者の魂が赴く理想的な国であり、熊野を中心に船に乗って沖に漕ぎだし、そこで捨身入水することで浄土に生まれ変われると考える補陀落(ふだらく)信仰などを生み出しました。
この他、民俗学者の折口信夫は、常世の国は暗い死者の国で、地下や海底にあると考えました。
・黄泉の国
地下にあり、死者が赴く暗い他界。日本神話には「根の国」・「底の国」という冥界も登場し、この2つも黄泉の国のことだと考えられることもあります。
このように、死後の世界に関する古代日本人の考え方はひとつではなく、実に多様なものでした。
天照大神の支配する天界、高天原と天岩屋戸の神話とは 高天原は天上にある他界で、地上の国土と同じような景色だとされています。
日本神話によれば、そこには天安河(あめのやすかわ)が流れ、天真名井(あめのまない)という井戸や稲田、灌漑用の溝、新嘗祭(しんじょうさい)用の御殿や神々の御殿、天金山(あめのかなやま)という高山などがあるといいます。
日本神話に登場する天岩屋戸(あめのいわやと)もこの高天原にあります。
神話の内容を簡単にご紹介しましょう。
須佐之男命(すさのおのみこと)の蛮行に心を痛めた天照大神(あまてらすおおみかみ)は、ある日この天岩屋戸に引きこもってしまいました。すると世界が暗闇に包まれ、様々な災いが起きたため、八百万の神々はなんとか天照大神に天岩屋戸から出てきてもらおうと儀式を行います。
最終的に、アメノウズメノミコトの舞をきっかけに天照大神は外に出ることになり、世界は明るさを取り戻すという神話です。
この他、高天原には天香具山(あめのかぐやま)という山もあります。
これは大和の国(奈良県)に実在する山ですが、百人一首に収録されている持統天皇の和歌「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」でご存知の方も多いのではないでしょうか。
では、そんな高天原の住人は誰なのでしょう?
日本神話の神々のふるさとであり、天照大神が支配しています。神々は地上に降りて仕事を終えた後、高天原に帰るのです。
さらに古代日本では、天照大神の子孫である天子(天皇)や天皇家に属する人々の霊も、死後は高天原に住むとされていました。
死者の赴く暗い冥界、黄泉の国とその神話続いて、黄泉の国がどんなところなのかみていきましょう。
黄泉の国は地下にある暗く汚れた場所ですが、生前に悪いことをした者が落とされる地獄のような場所ではなく、 日本神話では死んだ者みなが赴く冥界とされています。
この場所は黄泉神(よもつかみ)または黄泉大神と呼ばれる王が治めており、黄泉醜女(よもつしこめ)や八雷神(やついかずちのかみ)といった鬼たちが番人をつとめていました。
黄泉の国と地上との間には、黄泉平坂(よもつひらさか)という坂があり、これは島根県出雲にあるといわれています。
日本神話の中から、黄泉の国にまつわる有名な神話をご紹介します。
伊耶那美の命(いざなみのみこと)は、火の神カグツチを産んだ際に亡くなってしまい、夫である伊耶那岐の命(いざなぎのみこと)は、伊耶那美の命をこの世に連れ戻そうと、黄泉の国に向かいます。しかし、「決して私の姿を見ないでください」という妻の願いに背き、黄泉の国の御殿の中を覗いてしまいました。すると目に入ったのは、ウジ虫がわき汚い姿に変わり果ててしまった妻の姿で、伊耶那岐の命は驚き地上へと逃げ帰ってしまったという神話です。 余談ですがギリシア神話にも、亡くなった妻を連れ戻そうと冥界へ向かうオルペウスという男の話が存在します。しかしこちらも、日本神話と同様に最後は悲しい結末を迎えてしまいます。 以上、古代日本で信じられていた様々な死後の世界と、それを彩る神話の物語をご紹介しました。なんとなく知っているようで、案外知らない日本神話の世界。お楽しみ頂けたら幸いです。
Facebook・矢加部 幸彦さん投稿記事
高天原とはどこにあるのですか。。
はい。。みな、高天原から顕れたゆえ、あなたが
指さすところ全て、そして、そのあなたも、高天原です。。
だから、有り難さとともに拍手を打つ時、いつでも、
そこが、あなたが、はじまりと、なるのです。。