根管治療に関する記事へのコメント
第118回:根管治療に関する記事へのコメント
今井 庸二
2016年3月7日付のDentWaveの⻭科ニュースを眺めていると、「根管治療の在り⽅マスコミ報道:治療成功率と治療費を⽐較して課題を指摘」という見出しの記事が目に留まりました。それは、「マスコミ報道(タブロイド版・⽇刊ゲンダイ)で、『根管治療の成功率が低いわけ』をタイトルとした、次のような記事が掲載されていた。要旨を紹介する。」というものでした。「要旨の紹介」とされていたため、詳細はどのようなものか気になり、もとの記事を調べてみました。それは2016年2月24日付の⽇刊ゲンダイに「⻭科医が明かす 根管治療の成功率が低いわけ」の見出しで掲載され、「⼀般の⽅はご存じないかもしれませんが、「⽇本の根の治療」の成功率は欧⽶に⽐べ極端に低いことで知られています。私はその理由は公的保険制度にあると思っています。」に始まり、「政府は80歳までに⾃分の⻭を20本残すという「8020運動」を平成4年から始めています。もし、本当にそれを達成したければ、根管治療の保険負担額を⼤幅に引き上げるべきではないでしょうか?」で締めくくられていました。この記事は、中見出しに「⽇本の健康保険制度が抱える問題」とあるように、そうしたことを指摘した内容でした。なお、歯科ニュース記事は、もとの記事と照合したところ、多少の言い回しは異なるものの内容は同じでした。
筆者は、次の文章での下線部が気になりました。「⽇本の健康保険制度の下では不完全な治療が横⾏し、その結果として⻭を失う⼈が後を絶ちません。実際、根管治療の成功率は、欧⽶ではおよそ90%、⽇本は50%程度と⾔う⼈もいるほど差があります。⽇本の⻭の治療費が欧⽶に⽐べて極端に安いからです。」「保険診療で認められた旧式の材料と技術を使って治療するしかありません。これでは、根管治療の成功率が欧⽶と差がつくのは当たり前です。」
次は「日本の成功率50%程度」ですが、残念ながらそれを裏付ける資料は探し出せていません。しかし、本当にそんなに成功率は低いのでしょうか?2005年の調査によると、抜歯原因は、歯周病42%、う蝕32%、その他13%、破折11%、矯正1%となっています(第20回参照)。この調査報告で根管治療の失敗による抜歯は明確にされていませんが、それはその他に含まれると考え、そのすべてが根管治療の失敗であるとすると13%となります。この数字から失敗率50%という数字は出てきそうもなく、我が国でも生存率80~90%は達成できているのではないかと推測しています。
「根管治療の成功率は、欧⽶ではおよそ90%、⽇本は50%程度と⾔う⼈もいるほど差がある。⽇本の⻭の治療費が欧⽶に⽐べて極端に安いから。」に関連する最近の論文(J Endod 2016年2月号)を紹介します。それはスウェーデンにおける調査です。スウェーデン国民の医療費は税金を財源とするスウェーデン社会保険庁の保険でカバーされており、そこから全国民のデータが入手できます。本論文は、2009年にスウェーデンで行われた20歳以上の住民の根管充填治療に関して社会保険庁のデータベースを基に分析したものです。2009年には平均年齢55歳(20-102歳)の患者217,047人の248,299歯が根管充填されました。その後5~6年の間に26,228歯(10.2%)が抜歯され、生存率は89.8%でした。
終りに、「根管治療の保険負担額を⼤幅に引き上げるべきではないか」に関連して、適当なやり方ではないかもしれませんが、日本とスウェ-デンの根充と充填の治療費に関し、ほぼ似ていると思われるケースについて比較してみます。日本では、単根の根充は単純なレジン充填の3.8倍;3根の根充は複雑な充填の4.9倍。スウェ-デンでは、単根の根充は前歯の充填の4.9倍;3根の根充は臼歯2面充填の4.1倍。こうしてみると、両国とも根充、充填はほぼ同じような扱いになっているように思え、日本の根管治療費が歯科治療の中で冷遇されているわけではなさそうです。しかし、治療の困難さ、治療時間を考えると、もう少し根管治療費を上げてもよいのではないかと思います。それとさらに重要と思われるのは、根管治療システムは、ほかの歯科治療領域にくらべ旧態依然としており、改革が必要と思われます。
今回取り上げたニュースのように、マスメディアが歯科医療を取り上げ、問題提起するのは歓迎すべきことでしょう。しかし、誤解を招くような内容に対しては、歯科界は正確な情報を発信することが必要です。
(2016年3月31日)