一関の昔の年中行事
はじめに
年中行事は、「目に見えないものと現実に生きる人(あるいは共同生活体)との呼応または交渉が一定の期日に行われ、それが永く固定して伝承された」ものであり(森口多里「岩手県の歳時習俗」)、「生業と深く結びついており、神霊に豊かな幸を祈願する予祝儀礼と、それへの感謝と祝福を込めた収穫儀礼を軸とする生業儀礼が年中行事の中核となっている」といいます(白石昭臣「正月と盆」)。その調査によって、「一つの土地、一つの家だけに限られた特色でなく、汎く日本という国に住む者の共に知り、共に守ろうとしていたものが、いかなる慣習であったかを明らかにし」(柳田國男『年中行事覚書』)、また「総て永く継承したる習慣には、何等かの理由の存するが故に、学者は須らく其所以を捜索すべきもの」(新渡戸稲造『増訂農業本論』)とされてきました。
明治維新後、暦日は太陽暦によることに改められましたが、農村においては農作業に適応する陰暦が用いられ、昔ながらの年中行事が行われてきました。行事の日は農作業を休み、ご馳走をつくってお祝いしたので、楽しみに待っていたものでした。しかし戦後新生活運動の一環として太陽暦への全面切り替えが実施され、また農業経営の多様化によって、一部を除いてほとんど廃れてしまい、昔ながらの素朴さが失われ、味気ない世の中になったと嘆く老人も少なくなかったといいます(『東山町史』)。
宮城県の農村部で全面的に太陽暦が用いられるようになったのは、昭和四十年代に入ってからのことであり、いまだに社寺の祭祀は旧暦または一月遅れで行われているのが一般で、盆行事は一月遅れの八月になりました。岩手県南の農村でも同様に旧暦が用いられました。しかし昭和四十年代半ばを過ぎると、農作業の機械化が進み、作業が一か月以上早められ、太陽暦の周期とほぼ一致するようになり、昭和五十年代にはいかなる山村でも新暦に改められました。作業の機械化は、厳しい作業にリズムや弾性を持たせる必要がなくなり、さらには農村生活の様式まで変容するにつれ、歳時習俗などの伝統文化は急速に衰微し、その断片的な部分だけが行われるようになったといわれています(三崎一夫「宮城県の歳時習俗」)。
以上の状況を踏まえて、岩手県一関市内における、農作業に旧暦が用いられていた昭和四十年代までの主な年中行事について、自治体史や公民館等の資料をもとに確認したいと思います。
なお、参照資料は次の通りです。阿部正瑩『厳美地方の民俗資料』(昭和六十年)、一関市史編纂委員会『一関市史』第四巻(昭和五十二年)、弥栄中学校『郷土誌 弥栄の里』(昭和四十八年)、佐藤恭『永井村史抄』(昭和五十七年)、老松公民館『おらほのしきたり』(平成九年)、猿沢地区老人クラブ連合会『おれたちの若いころ』(平成七年)、東洋大学民俗学研究会『旧中川村の民俗』(昭和四十八年)、磐清水公民館『ふるさとの行事と行事食』(昭和五十七年)、小梨公民館『おらほのならわし』(平成六年)、東山町史編纂委員会『東山町史』(昭和五十三年)、室根村史編纂委員会『室根村史』下巻(平成十六年)、川崎村教育委員会『川崎村の年中行事と農民のくらし』(発行年不明)、藤沢町教育委員会『村の歳時記』(昭和五十九年)。
このページには行事の名称のみを記しました。各行事の内容につきましては、電子書籍『家庭のまつりと年中行事』(御嶽山御嶽神明社発行、令和二年)に収録されていますので、ご興味のある方は、Amazon のサイトからご覧になってみて下さい。
一 正月行事
(一)正月の準備
- 煤はき 十二月二十七日(厳美は二十五日。永井、猿沢は二十九日)。すす払い(永井、老松、猿沢、中川)ともいう。
- 餅つき 十二月二十八日。
- 歳の市 十二月二十九日(川崎は二十日、室根は二十二日、猿沢は二十七日、藤沢は二十八日)。詰め町(老松、猿沢、室根)、年の市(川崎)ともいう。
- 門松 十二月三十日(川崎は二十八日。中川は二十九日~三十日)。松飾り(永井)ともいう。
- お年越し 十二月三十日。
(二)正月行事
- 若水迎え(若水汲み) 一月一日。
- 元朝参り 一月一日。
- 年始礼 一月二日。門礼(猿沢)、年始巡り(小梨)、御年始(中川、東山、室根)ともいう。
- 初売り・初買い 一月二日。
- 里帰り・初泊まり 一月四日。初礼(厳美)、嫁ごの初泊まり(老松)ともいう。
- 五元日 一月五日(舞川は四日より)。ご年始まち(厳美)、町年始(萩荘)ともいう。
- 若木迎え 一月六日。六日山ともいう(萩荘、永井、老松)。
- 七草 一月七日。人日の節句(永井)ともいう。
- 農はだて 一月十一日。
- 初山の神 一月十二日。山神の精進(萩荘、永井、老松)、山の神(舞川、猿沢、東山)、山の神精進講(川崎)ともいう。
(三)小正月行事
- 望の年越 一月十五日(老松は十四日)。
- ものまね(ものつくり) 一月十四、十五日。
- 道具の年越 一月十五日(老松、藤沢は十四日、舞川は十二月二十日)。農具の年越(小梨)ともいう。
- もぐらぼい 一月十五日。もぐらうち(厳美)、もぐらぶち(磐清水、小梨、東山)ともいう。
- 鳥追い(とりぼい) 一月十五日。
- 小豆粥 一月十五日。
- 焼祷(やいとう) 一月十五日(舞川、永井は二十日)。焼人(舞川)、おまじない(東山)ともいう。
- 成り木責め 一月十五日(永井、老松では十四日。磐清水では十六日)。なり木まじなえ(弥栄)、モズギリ(老松)、もちぎり(猿沢、中川、藤沢)ともいう。
- かせどり 一月十五日(中川は十一日~十四日。永井は十四日。磐清水は十六日)。かくれざと(永井)、門付かせどり(小梨)ともいう。
- 田打ち 一月十五日(中川は一月三日~二月九日。萩荘は一月十一日より。永井は十五日以降)。門付田打(磐清水、小梨)ともいう。
- 仏の正月 一月十六日。藪入り、仏のあげ初め(弥栄)、地獄の釜の蓋も開く(老松、中川、小梨、藤沢)、餅の元日(東山)、霊祭(室根)、望の元旦(藤沢)ともいう。
- お十八夜 一月十八日、五月十八日、九月十八日。お十八夜の精進(舞川、川崎、藤沢)ともいう。
- まゆかき 一月二十日(磐清水、小梨、東山では十八日)。まゆっこかき(猿沢)、粟刈り・稗刈り(老松、藤沢)、粟刈り(小梨、東山)、繭玉かき(川崎)ともいう。
- 蔦の年越し 一月三十日。二月正月・蔦の正月・おわりの正月(厳美)ともいう。
二 春・夏の行事
- 蔦の正月 二月一日(猿沢、磐清水、小梨は一日~三日)。蔦の元日(老松、東山、藤沢)ともいう。
- 節分・寒明け 立春の前日。
- つたおさめ 二月九日(老松、東山、藤沢では四日)。神送り(猿沢)、総納め(室根)ともいう。
- 初午 二月最初の午の日。
- 八日団子 二月八日(弥栄は九日)。テンゲ団子(厳美、猿沢)、すはすだんご(萩荘)、厄神だんご(舞川)、天げ団子(東山)、天向(藤沢)ともいう。
- 釈迦だんご 二月十五日。お釈迦様の命日(猿沢、中川)、お釈迦様(磐清水、小梨)ともいう。
- 春彼岸 春分の日を中日とし、前後七日間。
- 社日 春分の日に近い戊(つちのえ)の日。
- 桃の節句 三月三日。雛祭(弥栄、老松、猿沢、東山)、上巳節句(永井)、ご節句(猿沢)、三月節供(中川)、おひなさま(磐清水)、節句(小梨)ともいう。
- 山の神様のお精進 三月十二日。
- お釈迦様のお誕生日 四月八日。灌仏会(永井)、お薬師さま(磐清水、小梨、室根)、お釈迦祭(東山)ともいう。
- 八十八夜 立春より八十八日目。
- 端午の節句 五月五日。菖蒲の節句(老松、中川)、節句(磐清水、小梨)ともいう。
- むけのついたち 六月一日。むきめの朔日(厳美)、むけみの一日(萩荘)、脱けの朔日(永井)ともいう。
- 天王様 六月十五日。
三 七夕・盆行事
- 七夕 七月七日。七夕の節句ともいう。
- 墓払い 七月七日。七日日(厳美)ともいう。
- 盆町 七月十二日(川崎は十一日、萩荘、弥栄は十三日)。盆市(弥栄、川崎)、市日(室根)ともいう。
- 盆棚 七月十三日。盆はじめ(弥栄)、迎え盆(永井、老松)ともいう。
- 墓参り 七月十四日(萩荘は十三日、小梨は十五日)。
- あかしたて 七月十五日(永井、猿沢、室根は十四日)。初盆まわり(弥栄)、初盆詣り(永井)、あかしたて初盆(川崎)ともいう。
- 送り盆 七月十六日(厳美、舞川は十五日)。お帰り(厳美、東山)、精霊送り(中川)、送り日(川崎)ともいう。
- 二十日盆 七月二十日。
- 三十日盆 七月三十日。
四 秋・冬の行事
- 八朔の朔日 八月一日。たのみ、八朔(弥栄、小梨)、初作の朔日(室根)ともいう。
- 二百十日・二百二十日 立春より二百十日、二百二十日目。
- お明月様 八月十五日。お月見(弥栄、中川)、中秋の名月(老松、猿沢、藤沢)、お名月さま(磐清水、川崎)、名月(小梨)ともいう。
- 社日 秋分に近い戊(つちのえ)の日。
- 秋彼岸 秋分の日を中日とし、前後七日間。
- 菊の節句 九月九日。重陽の節句(萩荘、永井、老松、藤沢)、ご節句(磐清水)ともいう。
- 大根の年越 十月十日。
- 恵比須講 十月二十日。恵比須様の年越(厳美)、お恵比須講様、エビスコ(中川、小梨)ともいう。
- お刈上げ 九月三十日(磐清水、小梨は二十九日。厳美、萩荘、舞川、弥栄は十月一日)。お刈上げの朔日(厳美)、刈上餅(萩荘)ともいう。
- 油しめ餅 十一月十五日(室根は十一日)。油しめ(舞川、室根)、油しめ団子(磐清水、小梨、川崎、藤沢)、ともいう。
- 御大師様の年越 十一月二十四日(永井は三日・十三日・二十三日、萩荘は四日・十四日・二十四日、老松は二十三日)。大師講(萩荘、永井)、お大師様(弥栄、東山)、お大師団子・家宝団子(舞川、川崎)、御大師(老松)、果報ダンス(猿沢、中川)、果報だんご(磐清水、小梨、藤沢)、お太子様(室根)ともいう。
- 水こぼしの朔日 十二月一日(中川では十一月二十九日。猿沢では三十日)。キャッパリの朔日(永井)、川よけ餅(萩荘)、みずこぼし(中川)、水神様(藤沢)ともいう。
- 竈神様の年越 十二月五日(老松は六日)。宇迦(うか)の年越(弥栄)、倉稲(うが)の年越(永井)、おがの年越し(老松)ともいう。
- お薬師様の年越 十二月八日。
- 大黒様の年越 十二月十日(老松は二十日)。大黒祭(萩荘)、大根の年越(弥栄、舞川、中川)、大黒の嫁迎い(永井、小梨)、大根のお嫁迎え(老松)、大黒の女迎え(磐清水、川崎)、お大国様(室根)、大黒様の年取り(藤沢)ともいう。
- 山の神様の年越 十二月十二日。
- 冬至 冬至の日。
むすび
岩手県一関市内で昭和四十年代まで行われていた主な年中行事を見てきました。このほか毎月の行事として、東山の農家では一日・十五日・二十八日に、氏神様や水神様、明神様に参詣することを、つい最近まで励行し、現在でも実行している家があるといいます。各家庭の年中行事の調度品は、基本的に手作りであり、一部を町で買い求め、あるいは神社から受けて行事の準備をしています。町の市や社寺は、主体者である家々の行事の手助けとして箕や幣束などを頒布し、また参詣の場を整備していると考えていいと思われます。また、厳美の煤はきのように、行事にあたっては家族が協力し、互いを思いやる様子がうかがわれます。一関市は餅文化のまちといわれます。それは正月、春、夏、盆、秋、冬、折々の年中行事に、餅や団子を神々や先祖に供えて拝礼し、家族一緒にいただく風習を尊び、伝承してきたことと関わりが深いと考えられます。