南留別志284
2020.05.29 09:20
荻生徂徠著『南留別志』284
一 「くち惜しき」といふは、「くち」は屈なり。
[解説]これも音よみが訓読みのようになった例として挙げている。「くち惜し」は「口惜し(くちをし)」で、シク活用の形容詞である。意味は、①残念だ。がっかりする ②不本意だ。はがゆい。不満だ。惜しい。 ③情けない。つまらない。感心しない。 である。意味はわかるが、では表記の「口」とはなんなのか。意味を見ても、「口」に関するものは全くない。例えば、「口をついて不満を表わす」といったような意味があるならよく理解できる。しかし、そういう用例は見当たらない。そこで徂徠の説は、「くち」は「屈(くつ)」であるとする。屈には「屈強」という語のように「強い」という意味がある。また、「屈従」「屈辱」「屈服」のように押さえつけられるといった意味もある。そこで「屈惜しき」とすると、不本意なことをされて悔しい、無念だ、という意味になり、「口」の字よりも意味が通る。元来は「屈惜し(くつおし)」だったものが、文字によらず「くつおし」という読みが広まるにつれて「くちおし」と変化し、「くち」だから「口」という字が当てられるようになった。徂徠の説に従えばこういったことになる。「屈惜し」で「とても惜しい」という意味になるが、原義が失われたことにより、「いと口惜し」という言い方がなされるようになったが、「いと」も徂徠説の「屈」も同じ意味であり、本来なら「くちをし」には「いと」は不要であるということができる。