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臨床追試「病機十九条」

2020.05.30 11:58

10年程前に書いた原稿が出てきたのでシェアさせていただきます。

粗削りな感じが否めませんが、お役に立てば幸いです。


なお、巻末に日本はり医学会ホームページ上でシリーズ配信している、『中野正得のちょっといい話』より「特別編.宮脇スタイル」についてをリンクさせていただきました。

会員のみなさまは理解を深めてください。

他流の先生方は是非導入してください。

一般鍼灸師の先生方、鍼灸学生のみなさまには、気を調整して病体を癒すという世界の存在を知っていただければ幸いです。

中野正得


臨床追試

「病機十九条」

はじめに

病症から本質に迫ることが出来れば、臨床の助けになるという思いから、病機十九条を臨床追試した。

僭越ながら、現時点で確認できたことを発表させて頂きます。

1.諸寒収引,皆腎に属す

諸々の収引(収引とは筋骨や関節の屈伸不利、ひきつり、痺症でいう痛痺。)は寒邪によって発生し、それらは皆、腎の変動であると解説し ている。 

寒い季節特有の坐骨神経痛やギックリ腰、五十肩や各種神経痛は腎の変動によるものが多く、臨床を通じてこの説は納得できる。

正しい証に沿って的確な手技を施せば癒えていくものであるが、効果が上がらない時は、次の方法を試すとよい。


足陽関の実側に治療する。

置針なら 10~20 分、知熱灸なら 1~3 壮で効く。

この穴は別名「寒府」と言い、寒邪を退けるのに最もよい。

五 十肩で夜間痛があれば即座に止まる。 

坐骨神経痛であれば、足陽関もさることながら柳下先生がおっしゃっている刺入鍼が抜群に効く。

これらは標治法としての使い方だが、本治 法の中で、胆経に邪を浮かして、足陽関から瀉法または補中の瀉法で取れば一石二鳥というやり方もある。

本治法では膝から下の兪穴が重要視されているが、膝から上の兪穴も実は臨床的価値は高い。

特に胆経は病因を考慮して、兪穴を使うと何にでも応用出来る。

これからの研究 課題である。

上肢に関しても同じことが言える。 


また足陽関は一身の寒(邪)が集まる要所だから寒府という名がつけられているが、これに対して熱の集まる要所を「熱府」といい、右の風 門と奇穴の奪命を指して呼んでいる。

寒府にしても熱府にしても治療点になるだけでなく、診察点としても非常に重要な意味をなす。

右に囚 われずに左右の風門に直接触れずに、数センチ浮かして手掌をかざし、ひんやりすれば間違いなく風邪が入っている。

また手掌に感じる感覚 の違いで病因を分けることが出来る。

ひんやりすれば風寒、熱気を感じれば風熱であることが多い。

当然治療法が違うから、ここに切経を中心とする体表観察の大切さがある。


2.諸風掉眩,皆肝に属す

諸々の掉眩(掉は肢体の動揺、眩は頭目眩暈、視物の旋転である。)は風邪によって発生し、それらは皆、肝の変動である。

めまい等の動揺現象は風が揺れるからであり、多くは肝胆の病である。

肝胆は左右を主るので、肝胆が病むと安定感を欠く。

この場合舌診に おいては必ず何らかの左右差が現れる。

舌質が同じ紅でも片方がより鮮紅で片方が淡いとか、舌苔の厚薄が左右で多少が見られるなどである。 

少し舌診について触れてみるが、舌診は臓腑の診断が本領ではない。

これだけで判断するには材料が不十分である。

舌診は陰陽の診断、とり わけ寒熱の状態を知るには最も優れた診察法である。

紅を白とは間違えないし、白を紅とは間違いにくい。

舌質が紅であれば熱であり体は陽に傾いていると判断でき、淡くなればなるほど寒で体は陰に傾いているということが素直にわかる。

そして左右差や上下差で、正気や邪気の 盛衰がどっちに傾いているのかという治療において重要な情報が得られる。

これは診断にも予後にも効果判定にも使えて臨床的である。

今後の研究を待つ。

話を元に戻して、肝胆を安定させるには仙腸関節を治せばよい。

この発想はすごく大事である。

また、「風を治すには先ず血を治すべし、血行れば風自ら滅す」との説から、血を動かすことも大事である。

これには膈兪を使う。

「血会」と呼ばれる所以がよく分かる。


3.諸気憤鬱,皆肺に属す

諸々のふん鬱(ふんとは喘急上逆し、鬱とはつまって塞がり通じないことである。)は気の変化によって発生し、それらは皆、肺の変動であ る。 

気の昇降出入が順調であれば、特に上から下への粛降が通じておれば、気は上逆することはない。

これの変調が喘促である。

肺は呼吸を主っ ているからであるが、その本は腎である。

腎気が正常に働くことによって、深く息が吸い込める。

気を上から下に降ろせるわけである。故に、 発作時に遭遇した場合、下腹部に補鍼して気を引けばよい。

これを火曳きの鍼という。

また必ず心下部が堅い。

これを弛める意味もある。

残った堅さは鳩尾や不容を中心に弛めてあげる。

痰があれば中脘を使う。ベッドに寝れない場合は、座位で肺兪~心兪までの反応を脊際~肩甲間部までよく診て取る。

また気が鬱するわけであるから、心の病になる。

現代でいううつ病である。

これは肺虚もあれば肺実もある。

肺実であれば古典に則って、「喜は憂に勝つ」を使う。

つまり心を補って肺の気滞を解消する。この時、心経と心包経のどちらを使うかであるが、心経は少陰経のくくりであるから、腎とつながっていて陰気が多い(心腎相交)、一方心包経には心の陽気が出てくる。

以上の理由から心経を補うと陰気が旺盛になるからますます陰気になってしまう。

つまりどんどん憂鬱になってしまう。「喜」とは心の陽的な働きを指すから、この場合は心包経を選択すべきである。この理論は筆者の後付けであるが、この「喜剋憂」の法則を臨床実践された柳下先生の先見性には頭が上がらない。

また情志に最も関係が深い肝の変動でおこるうつ病もあるが、これはどちらかというと鬱傾向とか経度うつ病に多い気がする。

いわゆる肝鬱気滞という病理状態である。

鍼灸院に来院する患者の9割以上が肝鬱気滞の素質を持っていると思ってもらっていい。

気の変化の患者である。この方々は神経が過敏になっているので、注意しなければならない。

例えば待合の壁掛けが傾いているとか、スリッパがきちんと並べていないとかそういったことがダイレクトに目に入ってくるわけである。

これだけで治療が半分効かなくなる。「ああ、ここの先生はいいかげんだな。治療 もそうなんだろうな」とこうくるわけである。

治療院の清掃と生理整頓には絶えず気をはらっておかなければならない。


4.諸湿腫満,皆脾に属す

諸々の腫満(腫は浮腫・水腫、満は脹満である。)は湿邪によって発生し、それらは皆脾の変動である。

確かに脾を動かせばおしっこが出る。

また内湿が発生すると痰が出来る。

「脾は生痰の源、肺は貯痰の器」とあるように痰病は脾の変動が多く、喘促にもこの証がある。

この痰が 経脈を塞いで清気が上に昇らないと脳竅が空虚になりめまいが起こる。メニエールの中に脾虚でなるものがあるのもこの病理で納得である。 

頑固な湿邪を動かすには陰陵泉である。実側に置針。

これに熱が絡んだ場合は曲池を加える。湿熱である。

この代表的な病症が黄疸とか蓄膿 である。

舌苔では腐膩が出ている。

脉は滑実である。

今はやりのノロウィルスも湿熱が病因で、熱が勝った状態である。

体の防衛反応でこの熱を排出しようとして上げ下げをするのである。

簡単に言うと脾実である。

この場合は公孫の方がいい。 

湿は病的な水であるから、証にかかわらず、足の三焦経の流れを良くしてあげれば水が流れる。

三焦経の下合穴である委陽から崑崙までの硬 結をゆるめてあげればよい。湿が停滞している病には全て使える。


5.諸痛痒瘡,皆心に属す

諸々の痛みや痒瘡(これはかけば痛いし、かかないと痒いという意味)は、皆、心の変動である。

これは心火の熱である。

元々内熱が多い者は、寒い季節になると、冬の収斂の気が働き体表から発散されないために余計に熱がこもりやすく、

この熱が痒みを悪化させる。

多くは陰の不足から虚火が生じている場合が多く、元陰の総本山である腎気を充実させることが大事である。

こ れに加えて、心兪や厥陰兪の反応を取る。

少し下って霊台が抜群に効く。

そうゆう患者を良く観察すると鼻の頭に赤みや湿疹が出ていることが多い。

また不眠の患者は必ず心兪に反応が出ている。

というのも不眠という病症は五臓別に特徴があるが、基本的には総じて心の変動である。

我々が眠れるのは神志を主る心が安心できるからである。

心が安らかでないと眠れない。

その原因は心陰や心血の不足、心火の亢進であ る。

心に脾が絡むと寝つきが悪く、心―肝では夜中に目が覚め、心―腎だと眠りが浅かったり、早朝に目が覚める。

また腎陰が不足して、心に影響すると、陽気が常に上焦に溢れ、中々寝付けなくなってくる。

これは心―脾の入眠障害よりも重症である。

心―脾が相生で起こっているのに対して、心―腎は相克で起こっているからである。

これらは難経の七伝と間臓を勉強するとよい。

ということでいずれの証であっても心兪の反応の著明な方を処置すると眠りやすくなる。 


おわりに

ということで病機十九条を臨床で確認していったわけであるが、古人が病因を大事にしていたのがあらためてよくわかった。

何によって病ん でいるかというのは非常に重要である。

体表観察や病症から推測していくわけであるが、ひとつ簡便な方法を最後に紹介しよう。

人迎気口脉診というのがある。

これは脉で病因を診ていくという診察法である。

左関上の前一部を人迎、右関上の前一部を気口といい、同時に診て、人迎の方がしっかり打っていれば外邪。

気口の方がしっかり打っていれば内傷が絡んでいるということである。

実際には関上と寸口の間でやや関上よりのところを一本指で押さえて比較すればよい。

外邪であれば治療は瀉法であり、内傷であれば精気の虚が原因であるから、補法が中心となる(ただし痰飲・瘀血は邪であるから除かなければならない)。

花粉症の患者などはほとんどが人迎の方が強い。

風邪が入っているというのがこれでよく分かる。

病因を限定したい時や、補瀉の選択に迷った時などには使ってみる価値はあると思う。 

読者諸氏の臨床追試を是非お願いすると共に、個人の研究発表に、貴重な誌面を割いて頂いたご厚意に感謝申し上げます。