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Sotto Voce

ボルヘス 伝奇集

2020.05.30 12:52

<7日間ブックカバーチャレンジ> ⑥


会社の同じ財務部だった人が、「まいさん、ボルヘスって知ってる?」って言ってきて(もちろん知らない)、すごいいいから読めといわば強制的に借りさせられた記憶があります。

いくつかの作品が入った小品集なのですが、この中の「円環の廃墟」というのが、衝撃的でした。

私はこどものころから、変な感覚に入るときがあって、いろいろな人に説明してみるけど今のところ共感してくれる人がいないのですが、一言で言うと、「今、生きてる」って思うことなのです。それは、「ああ、生きててよかった」とか、「生きるって素晴らしい」とかそういうのではなくて、まさしく「今、やってる」と思うことなのです。
それは例えてみるなら、舞台で演じていてふと「今演じているんだ」ということを意識するようなもので、セリフを忘れたり、自分のやっている役が何だったかわからなくなるような危ない状態になる感覚です。これは舞台で演じているときにはなってほしくないことですよね。

それと同じように、できるだけこの感覚を呼び起さないようにしています。言葉とか、思考とかそういういつもの「考える」ことからは逸脱してしまって、”恐怖”しかなくなる怖い感覚なので、

最初っから、怖い話ですみませんでした。

この「円環の廃墟」を読んでいると、ボルヘスはそのことを言ってるのだろうかという気もします。そして、最後のところを読んだとき、すごく驚きました。自分のこの「やっている」という恐怖感の謎は、どういうことだったのかは、こんな風に、今まで気が付かなかったけどすべてが腑に落ちる感じで解き明かされるのではないかと思いました。

それは意外な答えなのだけれども、今まで思ったこと、起こったこと、いろいろな疑問がそれですべて説明できるような、「そういうことだったのか。」と完全に合点がいく解が与えられるときがあるように思いました。

今までのところでは、私が振り返って思い出す一番驚愕したそういう"解”の瞬間は、サンタクロースの事実を知った時だったかもしれないけど。

あまり、幻想小説みたいなものは読んだことがなく、読んでもピンとこないものが多かったので記憶にも残っていないけれども、このボルヘスの感覚は忘れがたく、印象深かった作品を挙げなさいと言われたら、これをやはり挙げたいと思うのです。

夢の感覚もすごくわかる。夢はただ眠りながら頭の中で考えているだけのことだと思う時もあるけれど、いつも出て来る街の間取りがあったりして、あちら側とこちら側とがあって、あちら側だけに居る人がいるような気がしたりする。

そういう感触の共感者というか、あるよねって言ってくれる、そういう役割をしてくれる作品のように思った。

最初に読んだときは、上に書いたように借りて読んで、その後、会社を辞めてからやはり気になって図書館で借りて読みました。

それで、今回、7冊の本の1冊にやはりこれを入れたく思い、そしてこの本は自分の手元に持っておきたくなりました。

実は小林秀雄の本を購入してから、隣の駅の小さな本屋さんはかなり魅力的だという事がわかりました。あの後、もう一度行ったのですが、まず入り口の雑誌の積み置き、一番手前に「暮らしの手帖」が置いてある。そしてレジの横には「ぜひ読んでもらいたい本の棚 BUY IT」とかいう棚があって、そこにかのミシェル・フーコーの本とかが並んでいるのです。

今日、インターネットを見たら、ヨドバシカメラでもこの岩波文庫のボルヘスの伝奇集は、今日注文すれば明日には届くらしいのだけど、あの本屋さんの「岩波文庫の棚」には必ずあるような気がして、そしてそれを買いたくなってしまって、わざわざ出向きました。お店の中で岩波文庫の棚にずーっと目を通したけど、どういう順に並んでいるのか今一つ明確でなく見つからなかったのですが、もう一度念入りに見たら、あった。「あった」と声を出してしまいました。

本を買ってから、「暮らしの手帖」を見ていたら、左手の人差し指に何かが触れている感触があって、見ると、黒地に赤い2つの星が入った艶やかなテントウムシが歩いている。少しくらい触ってもテントウムシはなかなか飛び立たない。これでこの書店が「奇跡の本屋さん」であることがほぼ確実になりました。

見ると、建築のところには、私にバトンを渡してくれたあっちゃんが紹介していた中村好文さんの本がずらっと並んでいて、なぜか他の建築家の本はない。なんという巡り合わせなのだろうか。

この本屋さん、何者なんだろう。でもファンは多いようで、いつも数名立ち読みしているし、レジの売り上げも滞在中に1-2回はある。

もうこの短い間に3回行ったけど、またあの本屋さんに行くのが楽しみです。