ピューターの小さい箱
ピューター(錫と鉛の合金)の箱(7,4 x 5,2 x 3,0 cm)、イギリス製で、時代は19世紀の前半頃だと思います。用途は普通ならスナフ・ボックス(嗅ぎタバコ入れ)と言うところですが、深さなどのサイズが微妙に違うんですよ、勘ですがね。恐らく、釣り針のフライヤー入れだと思います。紳士が鱒釣りに行くときに携行したようなもの。用途はともあれ、タテ、ヨコ、タカサのバランスの良い箱で全体の雰囲気にも味があります。高級じゃないけれど面白い箱って意外とないんですよイギリスでも。
(前回の続き)
「友達はいないけれどxx友と申します」の彼は何時もお店に来ると機械仕掛けの小物とか道具を好んで選ばれていました。大体何時も二三点の物を選んで自分の前に揃えて置いて僕に訊くんですよ、おにぃさーん(僕のほうが年下だったが僕のことをそう呼んでいた)、これとこれとこれでおいくらになりなす、と。それで僕が少し値引きした値段を言うと、今度は別の物と組み合わせを変えてから、おにぃさーん、じゃあこれとこれはおいくらになりますか、と来る。また答える、また組み合わせが変わり、おにぃさーん、と来る。その内に彼も僕も何が何だか訳分からなくなって来て、遂に僕が彼に、あの、、この前これと似たような物を買われたのでこれは外して、これとこれでいいんじゃないですか、と言うような提案をすると、彼はその残された物を無言でじっと見詰めて、それから僕の顔を思い詰めたように見て、それでやっと買う物が決まるのです。彼のこの物の取り替えっこは少しでも安く物を買おうとかそう言う駆け引きではないので、僕も悪い気は全然しないのですが、二人とも混乱して来るんです。それで僕が彼にとって良いかなと思える組み合わせを提案するんですね。彼は機械仕掛けの物とか分解出来る物は購入後家で全て分解するんだとある時言ってました。そんなある日、彼と絵の話しをしていたら彼が、自分も絵を描いている、と言うので、僕が、どんな絵を描いているんですか、また今度機会があったら見せて下さい、と言うと彼はその足で店を出てから何と絵を取りに帰ったのです。数時間後大きな油絵を両手に抱えた彼が夕暮れ時の店の外に現れました。恐らく電車で往復して取りに行ったはずですが。それは、確か、ピエロのような自画像とも思える人が下の方に小さく描かれた絵だったと思います。上手いとか下手とか良い絵とかではなく、何とも観てて淋しくて言葉も出て来ないような辛い絵でした。(続く)