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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第二章 2

2020.06.06 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第二章 2

「爺さん、約束通りきっちり一週間で帰ってきたよ」

 先週次郎吉が出て行ってからちょうど一週間たって、また次郎吉が忍び込んできた。よくよく考えれば、泥棒が忍び込んでくるのを心待ちにしているというのも変な話なのであるが、しかし、実際に何かを盗まれるわけでもなく、ここに情報を持ってきてくれるのであるからありがたいのだ。本来は玄関から入ってきても歓迎するのであるがなぜか忍び込んでくる。

「ああ、待ってたぞ」

「見てきたよ。司令部」

 東山資金を探していたときに見つけた、東山の子孫が住んでいる家の地下室から広がる広大な地下壕、いや地下の秘密基地といっても過言ではない。そこの中心とも思える司令部があるという。そこを次郎吉が見てきたのである。

「どうだった」

 善之助は、すっかり自分が依頼した老人会の猫の置物の話などはどこかに行ってしまっていた。

 もともとは猫の置物を探してほしいというものであった。しかし、その猫の置物が東山正信という数年前に洪水で犠牲になった若い作家の物ということになって、なぜかその曽祖父の隠したのではないかといわれる戦中の東山資金の話になってしまっているのである。

そして、なぜか猫の置物よりもその東山資金の「宝探し」の方が楽しくなってしまった。次郎吉のような世の中を悟りきってしまった人でも、また、善之助のような老人であっても、男性は皆、宝探しと謎解きは大好きである。いつの間にかそちらの方に話が言ってしまう。

「ああ、なかなか様々な資料があったよ。そもそも、この町の下流域から敵が攻めてきた場合とか、西から攻めてきた場合などの作戦計画が事細かに書いてあった。俺が地下壕に入った八幡神社には大きな砲台が作られる予定で、そのほかにもいくつかの砲台や基地があり、あの地下室の中に、2000名もの兵を収容でき、そして、3カ月は戦える予定であったという計画書だった」

「なるほどなあ」

 善之助は少し想像してしまった。目が見えなくなる前には、当然にこの町の光景は覚えている。その街が戦場と化し、そしてすべて火の海に包まれ日米の軍隊が戦っているさまをまじかに見ているような錯覚になった。

「その時、女や子供はどうなっていると」

「事前に山の上の方に避難させると書いてあった」

「山の上の方か」

 山の上といっても、山などはたくさんある。しかし、あまり険しい山では女子供や老人が登れなくなってしまう。またそこに食料などがなければ、当時の日本人の感覚ならば集団自決をすることになってしまうであろう。当時東山はどのように考えていたのであろうか。当時のエリート軍人が何を考えていたのかは、かなり気になるところである。

「そうだ、山といっても八幡神社とは違う山だけどな」

 八幡神社も山というか小高い丘の上にある。しかしその山は砲台があるのだから攻撃の標的になってしまうの間違いがない。つまり、そのようなところに弱者を非難させることはないのである。

「砲台はどこに置くと書いてあった」

「八幡神社ところと、川上の堤防、そして東の山の麓だ」

「なるほど、つまりそこには弱者は非難させないということだな」

「ああ、それにしても細かい、漢字とカタカナの表記で古いからなかなかわからなかった。一度入って、そのあと本屋で地図を買って重ねてみなければならなかったよ」

「なるほど。それはご苦労であった」

「爺さん、それにしても砲台ばかり気にしているではないか」

「ああ、そうだ。砲台のあるところには、女や子供は避難させないだろう。当時の日本軍は、私の親などもそうであったが、将来の日本を守るために、子供と女性は必ず保護をした。死なないように、訓示を言っていたのだ。ということは、当然に女や子供は安全な場所に置く」

「本当にそうなのか。テレビでは、沖縄で集団自決とか、いろいろ言っていたではないか」

「次郎吉さん。もちろん中にはそういう例もあったと思う。しかし、沖縄の場合も含めて、そのようなのは正規の軍人ではなく、応召兵が警備に当てられて、自分たちが死ぬときに道ずれにしてしまったということの方が多いんだよ。正規の軍人は、自分だけが死ぬという覚悟ができておった。しかし、応召兵や老人から駆り出された兵などは、軍人として死ぬ覚悟ができていない者も少なくなかったのであろう。そのものがアメリカ兵に追い詰められた時、とっさの判断で、みんなで死ぬということを考えてしまった。また、中には女性や子供の中で自分も死ぬということを言い出した者もいたのではないか。」

 善之助は少し悲しそうに言った。善之助の父は軍人であった。いや、祖父も軍人であり、誇り高い人々であったが、戦後、失意のうちに亡くなっていったのを善之助自身がよく覚えている。

「そうなのか」

「ああ、実際は様々なことがあったと思う。混乱していたから我々の知らないような状況もあったし、一緒に死ねば怖くないなどというようなことを言うものもいたであろう。しかし、当時の本当の軍人はそのような者ではなかった。国民を守るために、国を守るために死ぬ、いや、自分が死んでも国民は生きて将来のために残すというのが本当の軍人であったのだと、私は信じたい」

 次郎吉は、なんとなく感動した。普段は牙を抜かれたライオンのような凶暴さも何もない爺さんが、このような魂を内に秘めているとは思わなかったのである。

「なるほどな」

「で、その軍人、少なくとも東山将軍が女子供をどこに避難させようとしていたのだ。」

 次郎吉が驚くような声で、善之助は言った。

「なんでそんなことを」

「そうだろう。女子供がいるということは、女子供の将来のために金が必要ということになる。つまり、そこに東山資金があるということになるのではないか」

 次郎吉はなるほどと感心した。東山資金を探すのは、今まで言い伝えや道具で探そうとしていた。しかし、善之助は当時の軍人の思考をそのまま再現し、そして善之助自身が自分が東山ならばどこに資金を隠し、何のためにその資金を使うのかということを考えているのである。そして、その考えを再現することで、東山資金のある場所を突き止めようとしているのである。

 次郎吉には全くない視点である。いや、そのような視点で司令部に言って探せば、もっと違うものが見えたのかもしれない。次郎吉は、自分にその視点やその思考がないことを悔やみ、また、善之助が目が見えないことを惜しんだ。善之助を司令部に連れてゆけば、もっと違うことが分かったはずなのだ。

「なるほど、そうかもしれない。しかし、その内容は全く見てこなかったんだ」

「宝石が五つあるということは、その弱者を保護する山も五か所あったに違いない。まあそうだな、東山将軍ならばそう考えるだろう」

「どういうことだ」

「そうだろう。一か所に集めておいて、そこに大砲の弾が落ちたら、すべて終わってしまう。それならば安全なところを複数作って、そこに分散するようにするはずだ。その方が安全なんだよ」

「なるほど」

 次郎吉は感心した。さすがに善之助は年の功がある。

「しかし、爺さん」

「なんだ」

「そのような大事なものを地図に書くかな」

「どういうことだ」

「司令部にいるということは、当然に、そこにアメリカ軍が攻めてくるということだよな」

「ああ」

「それならば、秘密裏に弱者を保護していても、そこにアメリカ軍が来て機密書類をすべて見られてしまったら、それで終わってしまう。つまり、弱者を保護する施設または山は、司令部の地図には書かないのではないか。」

「なるほど、それも一理ある」

 二人は考え込んだ。そしてしばらくして次郎吉が言った。

「そうか、要するに、砲台が守っている山を探せばいいのか」

「しかし、砲台は三つであろう」

「でもその射角から換算したら、安全な山は五つくらいあるかもしれない。」

「なるほど」

「じゃあ、もう一回司令部に行ってくるよ」

「また来週戻ってこいよ」

「ああ、途中でも一度報告に来るようにするよ」

 次郎吉はまた出て行ってしまった。