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わたしが好きなシーン(自萌え

2020.06.06 12:00

こんにちは、サイジョーサイコです。追われるように書いていた日々から一転、また好きに書いてる日常も楽しいです。(結局書いてる

今回書いてみて、割とノンプロットもいけるなあと思い上がってる自分を律したいです。真面目大事、設計図大事。でないと最後、今回みたいに誤算にあえぐことになるんです、ええ。

さ、自萌えいってみましょー! 


①うらみがましい

 だが彼のだんまりは長く続かず、結衣子がしばらくじぃっと彼を見続けただけで悪びれもせず自白した。
「止めました」
「あいてるわ」
「止めようがなかった」
「やりようもなかった?」
「誰か一人が問題なら、やりようはあった」
 結衣子を見る稜の眼差しが険しくなる。言外の意がたっぷりと込められたその視線に、結衣子も自分をさっと省みた。
 遥香と入れ替わりで瑛二に呼ばれた稜は、日付が変わったころに帰ってきた。珍しく深酒をしていたが、たまにはそんな日もあると思ったくらいだ。
 稜が必要な理由を遥香は特に言付かっていなかった。ゆえに結衣子は瑛二の仕事がらみだと判断したが、その席には渡海もいたらしい。
 男が三人も集まれば、深酒も納得がいく。話題は事欠かないし、稜も彼らと話したいことはあっただろう。
 そのくらいわかっている。だけど単純な楽しみを奪われたことは、それとは別のところで悲しいのだ。それと恨みがましさが相まって、半端な顔になりながら結衣子はぽそぽそと喋った。
「夜の女は嫌いって評判のオカマバーのママさん、やっと仲良くなってかわいがってもらえて『アンタ意外と酒も仕事もタフよねーぇ、お祝いにこれあげるぅ』ってくれた三年瓶熟レアカスク……」

さらっと「開けないで」と結衣子が釘を刺していたのに瑛二が開けちゃったお祝い品。深酒の原因のひとつに自分も含まれていることは察してますが、まあ、それとは別で。

稜と結衣子の会話もかわいい。 


②あっちにいったりこっちにいったり

「それにしても随分仲良くなったのね、あなたたち」
 つい先日まで渡海は瑛二を「瑛二さん」と呼んでいた。とすると、瑛二が呼び捨てを許す程度には、シンパシーを感じたのかもしれない。
 鏡に向かって腰を下ろした渡海に話しかけながら近づくと、彼は後ろめたそうに曖昧にうなずいた。
「え? ああ……まあ……」
「なあにその顔」
 渡海の背に回った結衣子は、背でくねる白蛇を眺めてから鏡越しに渡海を見る。彼はなにが気に入らないのか、むすっと頬を渋らせていた。 
「もぉ、ただのお喋りくらい普通に付き合ってくれてもいいじゃない」
 思わず結衣子もふてくされ、渡海にデコピンするつもりで、左肩で頭をもたげる白蛇の頭部を指で弾く。
 と、肉の弾力の変化に気がついた。
「いって、今度はなにすんだよ――」
「鍛え始めた? 張りが違う」
 渡海の小言を流して腕をがしっと掴む。思った通り、以前abyss 9で縛った時よりもずっと固く締まっている。  

自分の興味で話題をほいほい変えちゃう結衣子。彼女の中ではこの通りちゃんと繋がってます。渡海くんもだいぶ慣れたことと思います。 


③すくわれる

 エロティック。ハード。緊縛に対し抱かれるイメージは大体こうだ。そういう側面は確かにあるし、結衣子も行う。
 が、そればかりではない。綺麗に飾ることもあれば、誰かの心を救うこともある。
 ――わがままなのはわかってる。だけど私は、あなたも救われてほしい。
 綺麗なV字になるように整えたあと、縄を引き絞った。
 渡海の縄は美しい。だが手繰る渡海は、溺れもがいているかのように苦しそうだった。あの日結衣子は、それに気づいてしまった。
 ――姉弟子の私が、救えたらいい。
 おこがましいけれど。
 レオンがそうしかけたように、苦しい思いの末に縄を手放す者は多い。だがそれでも縄を手にしたのなら、可能な限り結んでいきたい。そうすればその先に、また救われる誰かがいるはずだ。
 結衣子はいつの間にか力んでいた頬を緩めて縄留を施した。渡海の正面に回って飾り縄を整え、穏やかな表情で笑う。すると渡海からも力が抜けた。 

彼も救われてほしい。渡海に対し、気づき、指摘した者の責任として結衣子ははじめそんなふうに思っていました。だけど触れていくなかで、少しずつ自分ごとにしたようですね。

渡海くんというキャラクターに触れるまで、私は癖なく縄を持つ者の心というものにあまり理解がなかった。けど、そういうこともあるかも、と思うようになりました。 


④わざと 「稜くん」

 渡海が結衣子の腕を取って後手に回し重ねた瞬間、結衣子は稜に呼びかけた。渡海の手がぴたりと止まったのを確認して、鏡越しでもわかるようにっこり笑って尋ねる。
「レアカスクの味、どんなだった?」
 渡海の肩がぎくっと跳ね、結衣子から稜へとぎこちなく視線が動いた。稜も片目をすがめ、やりづらそうにしている。 
~中略~
「結衣子」
 自分の名を呼ばれたことは内心嬉しかったが、ここまでの減点があまりに多すぎる。
「俺はお前を見てる」
「遅いのよ」
 結衣子はジロッと渡海を睨み、鋭い声でちくりと制した。
 渡海が「う」、と堪えたような顔をしながら唇を曲げる。
「最初からそうきなさい。こーんな集中してない受け手に、縄なんかかけちゃ駄目よ」
 厳しく言ってみると、渡海は聞く耳を持った様子で結衣子を窺った。ならばと結衣子も目を尖らせて指摘を続けた。
「あなたと瑠衣ちゃんが下見でここに来た時。渡海くん、私たちに見られて集中できなくなった瑠衣ちゃんをそのまま縛ったわね。受け手を集中させるのは縛り手の役目であり責任でしょう」
「あ……」
「下手したら余計な事故が起こるわよ。何かあれば周りは当然動くけど、当事者はあなたなの。きちんとわきまえなさい」

どこかで出したかった説明エピソードがちょうどよく入りました。あの時の狙いを渡海はわかってなかったはずだと、結衣子は考えていたようですね。 


⑤おしえ

「人として人を縛る」
 結衣子が言うと、三人の視線が集まった。 
「アートでもフェティッシュでも、その根底は変わることはないのよ。どんな縄であってもね。いろんな講習や会に参加したけど、みんなそれを大事にしてる。受け手を積極的に傷つけたいわけじゃないもの」
 もちろんそうでない者もいたが、一様に大成することなく消えていく。そんな者たちを何人も見てきた。
 いつの間にかケヴィンが身を乗り出して聞いている。結衣子は「だからね」と前置きし、彼とメリーナへ身体を向けた。
「なぜ縛るのか。なぜ縄じゃないといけないのか。常に頭においておくことが大切だと私は思ってるし、人にもそう教えてるわ。縛るときのポリシーとしてね」
「ポリシー……」
「ええ。私は、『心酔させる』というポリシーを持ってる。縄を握る指針としてあなたたちも、なにか持ってくれたら嬉しい」

この辺、閑話休題回ではありましたが、谷崎さんから「ケヴィンとメリーナに信条の大切さを説いてほしいな」的なオーダーをいただきまして。 

女王のレッスンで信条をそれぞれ持たせたのは、「ただ痛めつけたくて緊縛という行為をするわけじゃない」というメッセージを裏付けるためでした。が、ここにきてほんと大活躍な設定となりました。 

彼らはどんな信条を胸にするのでしょう。ちょっと知りたいエピソードだったりします。(リクエストしてるよ、たにざきさん!!) 


⑥しらなかったこと

「俺は、彼女との別れで傷心なのかと思った。でも、それもどうも違うらしい。なんでも、そのころステージの舞台袖で、仲秋先生以外の誰とも話そうとしない一人の女性がいたと。しかも壺内しずるの引退ステージを期に、先生は約四か月ものあいだ、公演を断り続けていた。その女性は――」
「レオン」
 牽制するつもりで咄嗟に厳しい声を差し込む。だがレオンは、穏やかな目を保ったままで告げた。
「……その女性は、ある日突然先生のステージに乗り込んで、服を脱ぎ去り、『縛ってほしい』、『この場をもう一度ショーにしてやる』と申し出たんだってね」
 思わず唇を噛んだ。
 人の口に戸は立てられない。しかもあの日のことはまあまあ騒ぎになってもいた。ちょっとした語り草になっていても、不思議はなかった。
 レオンから突きつけられているものはただの事実だ。それを受け入れるように、結衣子はレオンから目を逸らさずにいた。
 それでも瞼は、痙攣しそうになっていた。
「周囲の人いわく、先生はその彼女にとてもご執心だったらしい。誰からも隠すようにして、ステージ後は彼女とそそくさと帰って、打ち上げの付き合いも悪くなってたって――」
「詮索を続けても」
 聞くに耐えず結衣子は口を挟む。
 目頭の奥が心なしか痛んだせいで、彼の顔がおぼろに揺れた。それでも、声を絞らずにいられなかった。
「……いいことはなにもないわ」
「先生はその彼女が去って以来、誰とも付き合っていない」
 続いたセリフに今度は息を飲む。
「奥様にというより、その彼女に操を立てているみたいに感じるのは、俺の勘違いだろうか」 

突然もたらされた第三者からの話。愛されたいのにいざ愛されると遠ざける厄介な性質を持つ彼女にとって、別の側面からの情報というのは揺すぶりかけるのに大きな意味を持ちます。 

谷崎さんの機転が本当に冴えておりました。これは揺れるなぁと大いに思ったエピソードです。 


⑦わたしのほうはじゅうぜんよ

 仲秋の手が渡海の背中に添えられる。しかし渡海は動かない。急なことに戸惑ってさえいるようだった。
 こうなれば、仲秋の意図は歴然としている。いわばテストだ。ここのステージに立てるかどうかの。
 しかしこれは、先日の来訪とは違う。仲秋に連れて来られたのでは、彼の意志はそこにない。
「渡海くんは?」
「俺?」
「緊縛は同意が原則。私のほうは十全よ」
 ベルリンで告げたセリフとわざと同じ語を持ち出して、結衣子は渡海をまっすぐ見た。
「今度こそあなたは、私を縛ってくれるのかしら」 

絶賛厨二病なわたくし、こうやって前に言ったことを終盤に出すというのが大好きです。 


⑧きんばくしのあなたへ

「渡海真幸くん」
 きちんと正座をしたためか、渡海も反射のように結衣子に倣い、「はい」と返事をする。どこか不満げな顔をたしなめてやりたい気もしたが、いい加減そうもいかないだろう。
 もう彼は、名ばかりの『一番弟子』ではない。
 結衣子は苦笑をかみ殺して、宥めるような笑みを浮かべた。
「8 Knotのオーナーとして正式に、緊縛師のあなたへステージ公演のご依頼をいたします。よろしくお願いいたします」
 宣言するように告げて床に手をつき、折り目正しく頭を下げる。
 答えがくるまでそうしたまま待っていると、向かいで礼をする気配があった。
「こちらこそよろしくお願いいたします。精一杯務めさせていただきます!」
 勇ましい声に堪らず安堵し、伏せた顔をくしゃっと笑わせる。
 ようやくここまできた。
 これまでの出来事が報われたことも、渡海が今一度、縄を本気で握ってくれることも嬉しかった。
 寂れたストリップ劇場の女性オーナーが言った、『大事にしな』という声が、結衣子の中に染み渡っていく。  

課題をクリアした渡海に頭を下げるオーナー。彼女なりのけじめというか、なんというか。 

結衣子が誰かを肩書きで呼ぶ時は、『あなたはこういう立場の人でしょう』という暗喩を持っています。嫌味だったり牽制だったり線引だったり尊敬だったり。 

これまで何度か渡海を「一番弟子さん」と呼んでいた結衣子でしたが、ここでようやく彼女なりの敬意を表した感じです。 なんにしても渡海くん、お疲れさま。 


⑨あまいおかし

「お菓子は?」
 これだけでは、マイナスになっていたものがゼロに戻りもしていない。
 きょとんとした顔で結衣子が渡海を覗き込むと、渡海もまた、鳩が豆鉄砲食らったように唖然としている。
「へ?」
「お菓子。ないの?」
 結衣子は鞭を再び構え、打撃部分で左手をパシパシ打ちながら詰め寄った。
 稜がカウンターの向こうでふっと吹き出す。一方、渡海の頬が引きつり始めた。
「ね、ねえよ……それがあったら十分だろう?」
「これはこれで嬉しいけど、普通に考えたらレアカスクはお詫びの分で、お礼ってなったらまた別でしょう?」
「はあ!? なんだそれ! っつか鞭《ソレ》振るな!」
「私が飲めるタイミングなんて、営業時間後の遅い時間だけだもの。その点お菓子はいつでも食べれるじゃない。だからみんなお菓子くださるのに」
 結衣子が畳みかけているうちに渡海の表情がわなわなと歪む。そしてついに我慢しきれなくなったのか、とうとう彼は「あーもう!」と声を張り上げた。
「わかった! カステラでも最中でも持ってきてやる! それでいいんだろ!?」
「カステラ!」
 鼻息を荒げた渡海に、結衣子は華やいだ笑顔で身を乗り出す。
「底がザラメでジャリってしてるのが大好きなの! 渡海くん、本当にいいの?」
「あ、ああ……」
「ありがとう! 楽しみにしてる!」
 拝むように手をぱんと打つと、渡海はたじろいだように、絞り出したような声でああ、と言った。

鞭持って「お菓子は?」と迫る結衣子が書きたかっただけ。← 

乳蜜では書かないと知っていたので、好きに書かせてもらいましたw 

お礼より了解よりまず自分の好きを伝えるところが結衣子さんクオリティ。底がザラメでジャリっとしてるやつおいしいよね。 


⑩おまもり

「フクロウくん」
 ファスナーを締めている彼の横に立ち、その縄束を、見せびらかすように目の前で振った。
「お守り代わり。あなたにあげる」
「……お守り?」
 一瞬点になった彼の目は、次第に怪訝そうな色に変わり、考え込むような間を作り出した。その隙に結衣子は解いた縄をさっとしごき、半分に折って縄頭のすぐ下を掴む。
「基本はこう折って、肌に二本当たるよう使うわ。一本だと負荷が大きくて、血管や神経を傷つけてしまうから。輪にした方を縄頭、結び目のある方を縄尻って呼ぶの」
 それぞれの場所を空中で指し示すと、彼から「はあ」と相槌がもれた。
「ぜひ持って帰って。でも、見て触るだけ。自分も含めて、絶っ対に人には使っちゃだめよ」
 彼の目を覗き込みながら、「絶対」を強調して真剣な顔で釘を刺す。
 確実、と言えるほどの確信ではなかったが、彼の中で変化が起こる可能性は信じていい気がした。
 ずっと高みで見ていた彼の、羽毛に隠した光る爪。その鋭さは、彼もまだ知るところではないだろう。
 だからこそ。
「……タチの悪いイタズラしますね」
 彼はふっと鼻を鳴らすように自嘲的に吹き出し、どこか達観したような表情を結衣子に見せた。意図を汲んでくれたことを喜ぶように、結衣子も穏やかに微笑んだ。
「もしこの縄を手繰った先を知りたいと思ったなら、うちかアビスにいらっしゃい。本物は七メートル以上のものがほとんどで、もっと重みを感じるはずよ」
 伸ばした縄を簡単に束ねて結び、今度は縄尻の結び目を指差す。
「この縄尻の結び方の名前が、八の字結び……、エイトノットっていうの。ちゃんと結んだら外れない、命を繋ぐ大事な結び目。ここに来る人がどんな癖を持っていても、私たちは誰も否定しないわ。心が死んでしまうことを、みんな知ってるから」
 ね、と念を押して、彼の胸元に押し付けるかたちで結衣子は縄を渡し、彼を窺った。舌なめずりせずにいられないような一滴の毒を、唇に塗りつけたような気分だった。
 とまり木から降りてきたらいい。どれだけ無視を決め込んだって、いつかは飢えが訪れる。梟が枝葉を食べたところで、満足感など得られまい。この縄が彼にとって、救いとなるかもしれないのだ。
 彼は少し迷ったようだったが、折れるようにしてそれを自分の手中に収めた。  

かのこさんへ、「結衣子がフクロウくんにこんなことしたらどうなる?」と提案してしまったワンシーンです。 

こう、もうひと押しのなにかがほしかった。実際の縄に触れるって、結構大きな意味があるんです。

その後、フクロウくんがひなちゃんにこれを見せて語るシーンもとても素敵なものになっております。 


⑪いっそ

「お前はどうしたいんだ」
 改まったように瑛二が尋ねると、稜はゆったりとした仕草で腕を組む。
「このまま接触を絶ってもらいたいとこだけど、再燃に怯えるのも鬱陶しい。未練がましくされるくらいならいっそ、俺の目の前でなら構わないから抱かれてくれればいいのに、とも思う。から……」
 困ったね。
 そう言って自嘲気味な笑みを落とし、稜は箱の中身の確認を再開した。
 どんな顔をしていいかも、どんな言葉をかけていいかもわからず、瑛二は稜から顔を逸らし、黙々と手を動かした。
 確認が粗方終わったころ、カウンターから茶器を用意する音が聞こえてきた。
 床の方で重苦しくなった空気を押しのけるように、稜が勢いづけて立ち上がった。
「大丈夫だよ、俺は彼女を傷つけない。瑛二さんとの約束、ちゃんと貫くから」

結衣子から過去を少し聞かされたものの、納得のいってない稜が、瑛二にこぼしたちょっとした本音。 

なんか本当にこの二人はいい関係になったなあと思いました。 


⑫こうさくするもの

「……どう?」
 続く沈黙に痺れをきらして結衣子が尋ねると、稜は困ったような薄笑みを浮かべる。
「――どうもこうもない。悔しいけど、俺が見てきた中で二番目に綺麗だし似合ってる」
 本心でそう言っているとしか思えない、熱のこもった声だった。屈託なく褒められてしまい、結衣子の頬にぽっと火が灯る。
「二番目、なの?」
「うん。一番はウエディングドレス。これは譲らない」
 稜はなおも言葉を重ね、結衣子へ情熱的なまなざしを注いだ。
 途端に気恥ずかしくなって顔を俯かせた結衣子の頬に、彼の手が伸びてくる。促されて顎を上げれば、稜はわずかに結衣子の唇を見つめたあと、思い直したように額に唇を押し付けた。
 嫌だと。許せないと。なじられてもおかしくないのに、彼は認めてしまう。それでもいいと、優しげに微笑んで言ってくれる。
 それが結衣子に、小さな引っかき傷のような罪悪感を植え付けた。
 腰に添えられた手に応じて、稜と連れ立ちフロアへのカーテンをくぐる。
 身支度を済ませてソファでくつろいでいた仲秋とレオン、ケヴィンがまず顔を上げ、わずかに息を止めたあとで感嘆の声をもらした。向かいのスツールでは遥香がうっとりとした笑みを湛え、瑛二は真顔でカメラを構えている。
 仲秋がわざわざ立ち上がり、踏みしめるように数歩前に出た。
「……見事だな」
 たっぷりと間を持ってそう述べながら、眩しいものを見るように目を細める。眉尻もすっかり垂れていた。
「思った以上だ。とても似合う。贈った甲斐があった」
 予想通りの称賛の言葉だったが、いざ耳にすると、それでも胸が熱くなった。
 ――しゃんとしなきゃ。
 心に決めていたはずなのに、仲秋が褒めるその声が掠れていたせいで、一瞬にして脆く崩れそうになる。
 結衣子は瞳が揺れたのを隠すように身体を手折り、そのまま「ありがとうございます」と告げた。
「これほどあでやかな彼女が見れて俺も嬉しい。お礼申し上げます、仲秋先生」
 稜は硬質な声を落とした直後、深くお辞儀をした。その瞬間理性の手綱が引かれた気がして、結衣子ははっと息を吸う。
 軽く顎を引いて顔を上げると、彼もともに身体を起こした。正面から捉えた仲秋が、参ったような顔で寂しそうに笑う。  

結衣子はぐらぐらなまま。稜に認められたのは嬉しいけど罪悪感があり、仲秋に褒められればそれも嬉しく思い。でも稜は覚悟決めちゃってますね。宣戦布告かな。 


⑬にわのちどり

「行こう、レディ結衣子」
 拍手のさなかで何を言われたのか理解が遅れた。
 結衣子は突き出された羽織に視線を落とし、戸惑いのまま仲秋を見上げる。
「え……? 行く、って」
「結びの挨拶だ。お前も私の弟子じゃないか。それにお前はこのステージの最大の功労者だろう?」
「な……っ」
 弟子の出来に興奮しているのか、仲秋の口振りはいつも以上に強引だった。
 予想だにしていなかった申し出に、結衣子は焦り、迫る仲秋を押し戻そうと両手で胸元に壁を作る。
「なに言ってるんですか。私はただ――」
「そう強情を張るな。この店のオーナーがともに挨拶することに不思議もあるまい。さ、早く」
 言う間に仲秋は苦笑しながら、羽織を広げようとまでしてきた。
 弟子だなんて言えない。この場での主催者などあくまで裏方だ。ほとほと困り果てたその時、結衣子は仲秋の着る羽織を飾る赤い紐に目が釘付けになった。息を飲んだ次の瞬間には、その赤い羽織紐を掴んでいた。
 赤い地色に朱色の千鳥が二羽。誰にも見えないように並んでいたからだった。
 仲秋はなにも言わずただ微笑み、結衣子の腕を隠すようにそこに羽織をかける。 千鳥の意味に気づいていた結衣子が思いきり揺さぶられたひと幕。

谷崎さんから「こんなことしたら……」と持ちかけられ、それはもうなんてぴゅあ爛れているのだろうと思ったものでした。 

見つけた瞬間結衣子が掴んだのは、隠すためなのか、嬉しかったからなのか。 


⑭だめなひとたち

「飢えて自分の尻尾、食べちゃうくらい?」
「尻尾?」
 意味を図りかねたように道家は眉をひそめた。補足するのも無粋な気がして取り消そうかと思ったところで、ああ、と彼が訳知り顔になる。
「そうすれば誰をも傷つけないで済むからね」
 自身の獣が暴れてしまうと、自分か他人を傷つける。どちらも覚えのあった結衣子は、ただうなずいた。
「わたしはそれが怖かった。衝動に従えば彼女を傷つけてしまう。だから押さえつけていた。でも、機会に恵まれ打ち明けることができたし、彼女はそれを受け入れてくれた。それがどれほど嬉しいことか、それもあなたは知っている」
 知ってはいる。知ってはいたが、こうやってあっさりと駄目なところを見せられてしまうと、それも少し拍子抜けだった。
「駄目な人ばっかり……」
 思わずぽそっと呟けば、道家は同意するかのように目を逸らして笑った。
 食えない男だ。もとより食らおうなどという気もないが、食いやすいよりはずっと頼もしい。 
「……フリードリヒ・クーヒェン」
 結衣子は前触れなく、渡海たちのパトロンの名前を差し込んだ。
 和らいでいた道家の目が細くなる。一瞬のうちに強ばった表情に、彼の『運命』の確信を得る。
「彼が何か?」
 こちらは半ば脅しに近いことをしているにもかかわらず、彼はすぐに立て直した。なにもなかったかのように笑みまで浮かべるあたりは、さすがとしか言いようがない。
「もしもあなたが本当に私に感謝してるなら、『幸せのおすそ分け』をいただけたらなあって思って」
 結衣子は唇に嘘くさい弧を描き、彼の目をじっと見据えた。 

道家もまた『駄目な人』なわけです。駄目な人には結衣子もやれやれってしちゃいます。好きじゃないけど。 

結衣子が調べたのは、康孝とパトロンとの関わりくらい。裏まで取ってません。ただ、これだけの情報があったら『自分が彼ならどうするか』という視点でものを予測した、あくまで仮説。調べられてるであろうことも織り込み済みですが、彼女自身は後ろ暗いことはしていない上、軟化した道家の態度に認められたとも思ったはず。 


⑮みらい

 瑠衣のように、結婚を機に仕事をやめるという考えはまったくなかった。
 ただ、いつまでもミストレスを続けることはできない。そう漠然と思ってここまでやってきた。あと数店舗持ったら、ボンデージを脱いで経営側に回ろうと思ってもいた。そのための準備は進んでいる。
 だけどここへきて、それが本当に最善かわからなくなった。
 亡き妻ともう一度手を取り合うと語った、レオンの優しげなまなざし。縄を必死に手繰った先に、何かを見出した渡海の背。
 それを目にしながら、のんびりと老いてしまうのだろうか。それを結衣子が寂しいと思ってしまうのは、まだその覚悟ができていないからだろうか。
 ――集中しなきゃ。 
 背縄に継ぎ足し、胸の下へと縄を這わす。稜の身体にうっすらと汗が浮き、ほとんどわからなかったコロンの甘い匂いがのぼってきた。
 苦しげに変化した息遣いに注意しながら下縄を決め、背に留める。
 だが次の縄に手を伸ばそうとして、急に舌打ちしたい衝動に駆られた。
 ――ああ。
  その苛立ちの正体は、心地よくも鬱陶しい枷だ。
 ――袖が邪魔。 
 引っ込めた手を懐に差し入れ、襦袢ごと思い切り引きずり下ろして袖から腕を抜く。補正のために巻いたさらしの白は、赤い紬によく映えた。
 右腕も同じように抜き、しごいた縄を繋いで首の脇から下縄へ下ろす。胸元を飾って留めたそのあと、稜の正面に回り込んだ。彼の双眸はわずかな陶酔と大きな驚きに開いていた。
「……緊縛師みたいなことするね」
 独り言のような呟きは、結衣子の目も開かせた。それから稜の頭の向こうに、フロアを埋め尽くす人の姿を思い描いた。
 向けられる数多の眼差しを、漏れ聞こえるため息や感動の声を、差し出される花束を、贈られる喝采と称賛をこの身に浴びるシーンを思い描いた。
 それは経営者として安穏と過ごす日々よりもずっと、鮮やかに輝いていた。 
~中略~
  だけどまずは彼に話しておきたい。ボンデージを脱ぎ、鞭を置いたあとの未来。
 思いついたばかりの突拍子もない夢物語を語るため、結衣子は緩やかに口を開いた。
「私が緊縛師ってどう思う?」 

私は未来ありきで作品を書きません。言動をそこに向けていかないといけなくなるのがどうしても嫌で。だからなんとなく経営者の下地を結衣子に作ってはいましたが、断定もしてなかった。それがここにきて、彼女が自ら選択しました。 

これはとても嬉しい誤算だった。この誤算は、さらに先まで続くのです。 


⑯ほんとう

「なによその顔、事実でしょうが。あの先生が私を頼ったくらいよ? この自分勝手で気まぐれで、お菓子くれなきゃいたずらするような女を」
 しかし渡海は思案顔になったあと、突き詰めるような目を結衣子に向けた。
「そういや、今更ながら気になるな。先生があんたらというか、あんたを頼った本当の理由」
 稜に言わせれば、仲秋の言動の動機は明白らしい。だが結衣子は、彼にも自分でも否定し続けた。
 本当もなにも、ない。仲秋に限っては、そうあってはならないはずなのだ。
「……さあ。私も、知りたいわ」
 渡海に聞けばわかる。彼はよくも悪くも裏表なく見ているから、小さなきっかけがあれば気づく。
 稜はそんなふうに言って結衣子の背を押した。その言葉を標に、結衣子は思わせぶりに微笑する。
 どうか否定してほしい。傍目に見た自分たちはそれほどに、特別なものに映っていたのか。事実今まで8 Knotに来店していた仲秋とのやり取りの中で、気づかれたことはなかった。
 ほとんど縋るようにしながら渡海の言葉を待つ。だが、言葉より先に見開かれた双眸に、何も聞かずとも察してしまった。 
~中略~
『きっとある思い出話をしてくれる』
 稜の言った通りだ。それがあったから、渡海は――。
「だからあの時、あなたは先生を止めたのね」
「ああ」
 納得を後押しする声はぶっきらぼうだったが、結衣子はそれでも薄く笑った。
「あんときのあんたと先生の姿を見て、瑠衣がアトリエから逃げ出したのは、多分気づいたからだろうな」
 渡海からふいに意味深な視線が投げかけられる。それもすぐに思い返すことができた。仲秋が『逃げたか』と呟いていたせいだ。
 本当に、情けなくなる。愛されているかを知りたいばかりで、誰のことも考えていなかった。
「私も渡海くんのことなにも言えないくらい周りが見えてなかったみたいね」
 口をついて落ちた苦笑が顔全体に広がったころ、それは心なしか泣きそうなものに変わった。
「止めてくれてありがとう。稜くんに、もっとつらい思いさせるところだった」
 あのまま渡海が止めていなければ、きっと稜はそれでも耐えたはずだ。瑛二が止めたかどうかもわからない。あと少し遅かったら、取り返しのつかない傷を負わせたかもしれない。 

やっぱ気づくのは最後の最後がいいよね、と思い。 

知られたくなかったのは、渡海が潔癖だというのもあるけど、先生を守りたくもあったのですよ。 

ここもまあまあの誤算でした。だって彼女、稜に話す気さらさらなかったのですから。 

話したことで、渡海にお礼が言えたみたいです。 


⑰だめなりゆう

 連絡を入れようか。結衣子が思案した矢先に、スマホが光を取り戻した。
 バイブレーションに合わせて身体が震えた。表示された名前が、仲秋のものだったからだ。
 先に帰ったはずなのに。広がった戸惑いに指先がさまよったが、ここでも稜の言葉が頭を掠める。 
『もしも先生から連絡がきたら、一度は会おう。その時は、俺もいる。ちゃんと見届けるから』
 瑛二だったら何も言わず、好きにしろと言っただろう。彼は優越感に浸り、情ゆえに結衣子を手放せなかった。
 仲秋は結衣子に耽溺してしまった。稜は結衣子に傾倒し、献身してしまった。
 そんな彼らだからこそ、結衣子はそれぞれに付け入った。
「……だから私も、愛しちゃうの」
 名前を表示し続ける画面に向かってくす、と笑みを落とし、通話ボタンを押す。
「こんばんは。国重先生」

『駄目な人』たちのその理由。当初なんも考えずにこのセリフを出したのですが、意外と重要なキーになったのが驚いた。。 

欲張りな結衣子が赦されてしまう一番の理由は、彼らの駄目なところを許容した上で、満たしてしまうから。本人は付け入ったと言いますが、彼らにしたら自尊心くすぐられるわけです。だから彼女はずるいのです。 


⑱けもの

「…………せんせ?」
「無理にとは言わん。だが会う気があるなら、その格好のまま出迎えてくれんか」
 腹の中でごぽっ、となにかが煮える音がした気がした。婚姻関係や師弟関係などという垣根をたやすく溶かし、熱く滾る、なにか。鎮められるのは稜ではなく、やはり仲秋なのだろう。
 薪をくべ火をつけた者でなければ、結衣子にとっては意味がないのだ。
 感傷と胸懐で染め上げた追憶に囚われたままでは、きっと未来へ進めない。叶うならその先へは、稜とともに歩みたかった。
 二十五歳の鮮烈な二ヶ月間を、何度も思い出した。
 二年半前。瑛二が去る前。最後と思って。このどうしようもない身体を預けた冬のあの日、そう誓ったはずだ。それで満足しようと言い聞かせてきた。
 稜の涼やかな眼差しと視線が重なった。引き返すなら今だと無言で語ったが、詮無きことだと同時に悟る。
 稜の手を借りて結衣子は立ち上がり、艶めいた目でドアの方を睨む。本当にこの方法しかないのかと自問しながら、稜が掴んだスマホを見つめた。
 不自由ながらも伸ばした指先でスピーカーを切って、マイク部分を親指で覆う。
「……本当にどうしようもないことしようとしてるわ」
「うん。でもこの獣はいい加減、飼いならさなきゃ。結衣子も俺も、先生も、ずっと苦しむ羽目になる」
 子どもをあやすように稜は言い、結衣子の頬を撫でた。
「それに俺も、先生に啼かされて乱れる結衣子を見たい」

いやーーーーーーー……ただただ業の深さに驚いたワンシーンです。

獣は自分たちの衝動でもあり、仲秋自身のことでもあり。 


⑲こんどこそ

「いらっしゃいませ、仲秋先生。彼女が先生の言いつけを守るよう、こうして見張っておきました」
 彼は営業用の朗らかなトーンで、余裕そうに握った縄をちらつかせる。仲秋は顎を突き上げ、ははっと愉快そうに笑って結衣子を見た。
「してやられたな、え? てっきり君は、だんまりを決め込むと思っていた」
「最初はそのつもりでした。けど……、気が変わったんです」
「ああ、そうだ、気まぐれだったな。まったく、本当に読めん子で困るよ、君は……」
 くつくつと肩を揺らしながら仲秋がフロアに足を踏み入れる。ドアが閉まって満ちた暗がりに、白檀の匂いがふわりと混ざった。それが鼻腔に入り込んだ途端、郷愁の念に結衣子は突き動かされた。
「八年前はひどい終わり方でしたね。奥様にバレてしまってどうにもできなくて、セーフサインのリップ音、鳴らすためだけに国重先生にキスしたの。そのまま私、逃げるようにアトリエから出てった」
 終わりにしたことに後悔はなかった。だけど今になって、知ってしまったことが多すぎた。
 仲秋の想いと愛情に結衣子が真正面から向き合わなければ、彼もきっと救われない。寂しそうなその笑みを、このまま見過ごしてはおきたくなかった。
「今度こそきちんと終わりにしましょう」
 いつまでも手をこまねいている追憶に、選び取った未来を掬われるのは御免だ。
 彼も救われてほしいと願うように、結衣子は手首に巻かれた縄にそっと口づけた。固く組んだ両の手は、天に捧げる祈りに似ていた。  

先生のセリフは私の心の叫びです。まじでしてやられたって思いました。でも気が変わったって言われたらしょうがないです。本当に読めん子で困りました。 

これが最大の誤算で、でもすごく嬉しかったことでもありました。緊縛師という選択、稜に話したこと、そして二人で仲秋に、『終わりにしよう』と持ちかけたこと。 

一緒に仲秋を出迎えた二人。仲秋はさぞ驚いたことでしょう。でも、このラストが描けたのは大満足でした。 



やーーー、暴れてくれましたねえ、女王様。 

というわけで、ただいま稜視点での結衣子の話を聞くところから、仲秋との3Pを書いております。やべえな君たち。 

あと、もともと作ってたラストも公開しますね。これはこれで爛れてていい。  

では、明日の谷崎さんの追憶萌えにおつなぎしまーす! 


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