HakoniWa戯言Vol.25/改めましてHakoniWaガストロノミ
なんだか騒々しく、世知辛いこのご時世の中、それでも相も変わらず時は過ぎていくわけで
腹が減って、飯を食うわけで…国破れて山河あり、みたいな…
時世に流されず、でも抗わずいきたいなと思うわけです。
こんな時だからこそ改めて、ブログを書く意義を考えます。
このブログの目的に立ち戻る。
このブログの目的は自己対話、自分自身の思考の整理整頓にある。
その思考とは、何についての思考であるのか?
それは、私はいかに生きたいか?ということについての思考の整理整頓。
私は一体、いかに生きたいか?
私は、私の人生を豊かに生きたい
豊かに生きるとはどういうことか?
それは、人それぞれの価値観から抽出されるものであり、
私自身のそれを図示したものが、HakoniWaマンダラである。
HakniWa(ハコニワ)をガストロノミすること。
それが、私にとって豊かに生きるということ。
では、それは具体的になにか?
私自身とそれに連なる世界、社会をHakoniWaとする。
そのHakoniWaをガストロミする。
ガストロノミする=アクション=慈しむ、美味しく味わう、愉しむ
ということ
あるもの、であること、を慈しむ
HakoniWaガストロノミ=私自身、とそれに連なる世界、社会をいかに楽しむか、愉しむか
ということ。
HakoniWaガストロノミ=私自身の楽しみを追究し、それでもっていかに(私に連なる)世界、社会に貢献するか?ということ
私のHakoniWaマンダラを読み解くに
「社会」の考察がこのHakoniWaを楽しむ、基幹となる。
HakoniWaとして、楽しむべく対象として「社会」という切り口を
見たのは、私自身であり、追究すべく興味関心の対象である「社会」
「社会」に対するコミットメントが「志」であり、その手段が「仕事」である、
と考える。
「社会」の考察が、興味関心であり、その追究の試行錯誤の先に「専門分野」ができあがるのではないと考える。
楽しみの追究として、興味関心の対象たる「社会」を基幹に置きつつ
徒然なる戯言を吐いていこうと思う。