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OS1ゼリー

アイドルのなきがら

2019.07.12 15:00

(2019年7月、二丁目の魁カミングアウトさんのMV『アンハッピーバースデー』についての文章の再掲です。)

記 2019年7月13日



アイドルの推しメンがMVの感想を聞きたいと書いていたため、書きます。

MV自体の感想というよりは自分が感じたことの感想になりました。


(ポジティブでない感想もあるのですが、いちオタクの感想としてご容赦いただければと思います)




苦しい、というのがいちばん近い感想かと思います。


アイドルオタクのかたにはわかっていただけるかと思うのですが、

推しメンがメインを張るMVは一生に一度あるかないかで、今回それがやってきました。


正直、最初で最後の推しメインのMV、納得のいくつくりであってほしかったです(すみません)。

リップシンクのシーンの違和感が、どうしても作品のために必要な違和感と思えなかったので……。

ただ、全体の空気感はとても好きです。



MV映像は、「自分自身の亡骸にいままでもちあわせてきたもの(それは賞状やメダルであったり、自らのつくりあげてきたものであったりします)をそなえて去る」

また「思いとどまり、それらを抱えなおしてグループへ合流する」といった内容です。


アイドルが自分自身に花を手向けるというのはものすごく象徴的。

これはアイドル以外の部分である自分へ、

もしかしたらアイドルになれなかった自分へも花を手向けているのかな、といろいろなことを考えてしまいます。

きれいな人なので死に顔もめちゃくちゃきれいです。


これは、いつか「アイドルは人間じゃない」とブログのタイトルをつけた白鳥白鳥さんを

(また、2018年5月1日でのライブで、「アイドルは人間でした」と涙をながしていた白鳥白鳥さんを)モチーフにした内容と思っています。




冒頭で書いていた「苦しい」は納得いかなかった苦しみと、モチーフにたいしての苦しさで、

ものすごく「消費」していると感じてしまったからです。


わたしのもともと応援していたアイドルの女の子は、

辞めるさいのインタビューで「疲れた」と口にしていました。

アイドルを応援するということは、そのひとの人生をすりへらして消費することとひとしいとそのときはじめて感じました。わたしは気づくのが人より遅かったのかもしれません。


アイドルはアイドルとして生きる人生もふくめ売り物という見方が一般的なのではないかな、と思います。ノンフィクションのドキュメンタリーとしてとしてそのひとを知って、また好きになっていくのがアイドルなのかもしれません。



アイドルの生きかたをモチーフとしてつくりあげられたものがかたちになること、

人の目にふれることも、きっとひとつの消費のかたちです。


アイドルの気持ちをほしいと求めることも、アイドルを好きでいることを自分のアイデンティティとしてしまうこと、表立った乱暴さも、

ときには好きとつたえることや感想をかくことも、作品をつくること、そのひとを見ること。

なにかを願うこと。なにかを祈ること。

すべてが消費になりうるのだと思います。


消費者としてのファンであるかぎり、それはしかたのないことなのかもしれません。

でも、いちばん大切にしたい人に、大切にしているつもりで擦り減らしてしまうことは、

それはとても苦しくてかなしいことです。





“歳は重ねていくものだけど

命は擦り減らすだけではなくて

きっと誰かに 触れられてはじめて

生きたいと感じて

初めて一年の短さ 大切さに気付く”


MVの楽曲の詞の一部分です。

とてもやさしい詞だなあと思えて、大好きな歌詞です。


ここで歌われる「命」は、生きていくうえでの気持ちも歌っていると考えています。

ただ寿命というだけではなく。



アイドルとして生きる人生に存在する気持ちも、このように照らされていたらいいなと思います。

アイドルとして生きるうえでまわりを取り囲む事象が、なにかを擦り減らすだけでなく、

触れられることだと、いつくしむ気持ちなんだなと感じられればいい。


それは消費者側のエゴなのかもしれませんが、

「そうであってほしい」と思える力をアイドルがくれることを、とうとく思います。


そして「そうである」ために、わたしたちは消費をしているのだという意識だけはずっともちあわせていかなければ、という気持ちでいます。



このようなかたちのMVがつくられることも、それが観られていくことも、

白鳥白鳥さんにとってアイドルの誇りとなっていけばいいなと思います。

この人が抱えていきたいと思えるものすべてをもちあわせて歩いていければいいと願うことも、許してもらえたらとてもうれしい。





“だってそれは痛みの出口に

あなたが立っていたから”


この歌の最後の一行は、アイドル側が「私たちからあなた(ファン)へ向けて」という意味あいをこめてくれた一行です。


そのうえで、この「あなた」は、アイドルになるという夢をかなえた自分自身でもあってほしいと、勝手ではありますが、祈っています。



おわり