【今を生きる】
僕は今、AO HLDGSという会社で、BEATSというパーソナルジムの営業、トレーナーをしている。
今までは不動産の飛び込み営業をしていた。
そんなところから急に畑違いな仕事をしている。
なぜ今この仕事をしているのか。
「男前になりたい」
「1回きりの人生、沢山のチャレンジをして色々経験したい」
こんな思いがあった。
今の会社で大事にしている価値観がある。
それは
「自分の人生に責任を持つこと」
「人を喜ばせること」
「人から愛されること」
この3ヶ条である。
人のせいにすることなく、どうやったら目の前の人が喜んでくれるのかを考え、見栄をはらず自分のありのままをさらけ出す勇気を持っている。
こんな人であれたら人として男としても凄くカッコイイ。
そんなカッコイイ人しかこの会社にはいない。僕はそんなカッコイイ人間に男になりたい。そしてチャンレンジし続ける人でありたい。
僕は小学校の時から大学までサッカーをしていた。プロになりたいと思っていたが、いつのまにかプロは無理だと自分の可能性を潰し諦めていた。
自信はどんどんなくなり影に隠れ、ダサい自分になっていた。
でも「人生で成功したい」「なにか成し遂げたい」という思いが強かった。
そこで不動産会社に入りお金を稼いで自信をつけ成功しようと思った。
でもそんなに甘くはない。
半年間全く売れなかった。
会社に居づらく本当に辞めたかった。
でも辞めることなく頑張っていた。
なぜなら「不動産会社で稼いでくる!」と友人や家族に言って東京に来たからだ。
一件も売れず辞めたら僕はこの先何もできないと思った。
あともう一つ頑張れた理由があった。
それは母親の存在だ。
僕の母は癌だった。
母は凄く心配症だ。
いつも僕の事を思ってくれて愛してくれていた。そんな母を安心させてあげたかった。
頑張って結果を出し、母に勇気を与えた
かった。
半年たってようやく一件売れ、その次の月にMVPを取った。
これで親にやっといい報告ができ泣いて喜んでくれて安心してもらえた。
MVPを取った2ヶ月後に母は息を引き取った。
母が居なくなることなんて想像もできなかった。
そこで気づいた
「生きていることが当たり前ではない」
「親がいることが当たり前ではない」
という事を
だから僕は
「人生で色んな経験がしたい」
「もっとチャレンジしたい」と思った。
そこで、毎日ピンポンを押すこの営業をして理想の自分に繋がっているのか?
チャレンジできているのか?
と感じるようになり、転職を考えるようになった。
でも仕事を辞めるのが怖かった。
なぜなら営業で単月のMVPを取ったが
成績で1番ではないしそこまで売れていない。
僕はまだ何も成し遂げてなかったからだ。
辞めたら「逃げた」「諦めた」「ここで成功してないのに他で成功するわけない」こんな言葉で僕は前に進むことができなかった。
そんな時に僕がずっと気になってた
AO HLDGSのマネージャーの森山に会うことがあった。
森山は今を猛烈に生き、やりたい事をし、人を喜ばせる事を考え、素敵な笑顔で自信満々な振る舞いをしていた。
そんな姿が僕にはカッコ良く魅力的に見えた。
そんな森山が「人生1回しかない。やりたいことをやる。昨日の自分よりも今日の自分の方が成長してる。猛烈なスピードで人生を生きている。スピード感が大事だ。俺は挑戦し続ける。」そんな言葉を聞き立ち止まってる場合じゃないと思った。
僕も1回しかない人生をチャンレンジングで猛烈に生きたいと思っていたからだ。
森山の言葉をきっかけに僕は前に進む事を決め不動産を辞める決断をし次の日に退職願いを出した。
いまはまだ何も成し遂げていない。
成功もしていない。
環境を変えたからってそんなに簡単に人は変わらない。
だがチャレンジし続ける。
僕は今を生きる。
もっとカッコイイ人間に男になる。
自分の人生を全力で生きる。
あいつができたなら俺にもできるかも
と勇気や希望を与えれるように
もっと今を生きる人が増えるように
皆んなの可能性を広げれるように
まずは僕が挑戦し、自分の可能性を信じ
今を猛烈に生きる人生にしようと思って
いま猛烈に楽しく仕事をしている。
そんな僕が運営、トレーナーをしているジムの話はまた今度。