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緑@秋珊瑚の同人創作らいふ

檍家のはじまりのSS(檍家シリーズ)

2020.06.09 06:06

それはいつもの、いつも通りの午後十時だった。

俺はその日もいつも通り、飲食店のバイトを終わらせて帰宅する。何事もなく、トントンと階段を上がり、ボロアパートの2階へと向かう...と、これまたお馴染みなのだが...俺の家の前には、どう見ても学校帰りスタイルの少年がこちらを睨めつけながら、ドアの前に陣取っているのだった。

「おう、七詩。今日もうちに来たのか?」

「見りゃわかるでしょ。それより。外暑っついんだけど。中入れて。お茶飲ませて。」

「はいはい。生意気坊主め。」

こんな軽口を叩く。言っておくが彼ー...七詩という...ーは俺の兄弟でも、親戚でもない。かといって、二十歳の俺が高校生を拉致している訳でもない。ただ、言うなれば時間が不健全なだけ。少しの後ろめたさを隠すように、俺は少し強めにドアを閉めた。

この日常ー...彼、七詩と出会ってからのことだ...ーが始まったのはつい最近。

地元の高校に通っている、という彼は、詳しくどんな事情かは知らないが、"ある事情"があって学校では別室登校をしているそうだ。そんな彼と出会ったきっかけはすごく簡単。運命的でもなんでもない。

夜中フラフラしていた彼を偶然見つけた俺が、心配して声をかけたり、構い倒したりし始めたことがきっかけ。その時の七詩は、なんだか飢えた子猫のようで、高校生とは思えない雰囲気を纏っていた。心配だった。それだけの話なのだ。

何故かその後の七詩は、最初こそ鬱陶しがったものの、今ではしれっとうちの前で俺の帰りを待っている。懐いてくれているようなので、仕方ないしそろそろ合鍵を作るべきかな、なんて思っている。なんだか少し幸せだ。

「ねえ、秋。何ニヤけてるの気持ち悪い。」

「んなっ!?そこまで言うことないだろっ!」

なんだか幸せなこの日常は、ずっと続くものなのだとぼんやり思っていた。このときは。

***

ある日のことだ。身分・バイト兼業フリーターの俺の、珍しく一日中オフなお休みの日のこと。

のんびり眠って、昼前に起きて、そして身支度を終え、最後に歯磨きも終えた時...不意にドアの方が騒がしくなった。

「んだよ、七詩か?」

そう思い、ふっ、とドアを見た。

ガチャン!!

鍵が開く音がする。俺の部屋のドアから。

「っ!?」

何もしていない。さっきまで確実にしまっていた鍵。ビックリして動きが止まらざるを得ない訳だが、案の定その鍵を開けたのは七詩だったようだ。すこしほっとして、その橙の髪に目を見遣り、そして顔へと視線を移して驚いた。

「秋!早くこっちに来て!もう"そこ"まで来てるっ!」

息も絶え絶えに、明らかに焦った表情。

困った。よく分からない。どうしよう。追い返すか?

........いろいろな考えが頭を回るが、でも、そんな考えは直ぐに消えた。何故かって?あの彼ー...七詩が、こんな状態になって頼った先が"俺"だったことに、いやらしさや下心がない意味での喜びを感じたから。彼を信じようと思ったから。だから俺はこう答えて、素早く身支度を終わらせることにした。

「オーケー。何か必要なモノは?」

少しほっとしたような表情を見せる七詩。

「電車賃と飲食代。少しで大丈夫!早くっ!!」

なんだかやっぱり不安だが、信じることにした彼の言葉に従い、俺は財布だけひっつかむと、走り出した七詩の背を追いかけるのだった。

俺たちの、長い長い"逃避行"はこうして始まるのだと、このときはそんなに深刻に考えていなかったのだ。

***

路地裏、今にも崩れそうな歩道橋、などなど。何にせよ変な道を駆け抜ける。それこそまるで人工的な獣道のような道。それはなかなか進むのに体力が必要だった。普段からバイト三昧の俺でもしんどいが、それより長く走っていたであろう七詩はもっとしんどそうなのだ。

そんなことを考えていると、目の前に二メートル程のフェンスが立ちはだかる。

「登るよ。」

ぜぇはぁと息を切らしながらも、七詩は確実にフェンスをよじ登っていく。

「...まじかよ。はぁ。」

ついついため息をついてしまった俺も、七詩に続く。地味にこんなことしたのは子供の頃以来だ。あの頃と比べ重くなった体重を支える足が痛い。

ガシャンガシャン、と音を立てながらどうにかよじ登り、地面へと飛び降りる。

ふっ、と前を向くと、そこには"さっきまで無かったはず"の駅が目の前にあった。

どくん、と心臓が跳ね、呼吸も乱れた。単に不可思議現象に驚いたからじゃない。

彼も"こちら側の住人"である証明が、ここにあるからだ。すなわち、この駅に二人で来れたことが、その証明になっているからだ。

「おっ...と?」

さすがに焦りを隠せずにそう呟く。その言葉に被せるように七詩は口を開いた。

「秋も"こっちのひと"でしょ?もう説明は要らないよね。」

「...んだよ、お前もこっちのヤツかよ...はぁ、わかったよもう!何駅に行くわけ?」

「アオキ。話はつけてある。」

「オーケー。んじゃ、行くぞ。」

こんなことに巻き込まれてしまった自分を憐れむ、大きなため息をひとつ。完全に息を吐き終わると、俺はもう切り替えることにして、実家からほど近い"アオキ駅"へと向かうことになるのだった。

***

"終点ー...アオキぃ。アオキぃ。"

車掌のかったるそうな声に耳を澄ませ、ここが降りる駅だと言わんばかりにこちらを見つめる七詩。わあってるよ。と目線で返すと、そのまま二人仲良く降車した。男ふたりで何やってんだろうな。これじゃボーイミーツボーイじゃないか。

そんな考えを見透かしてか、七詩は、

「バカじゃないの?早く行くよ。」

と、相変わらずの塩対応で俺の袖を引き、ずんずんと前に進んでいった。

その駅の周りは、のどかな田園風景が広がるー...良くも悪くも田舎といった感じのところだった。

じわじわと照りつける太陽に体力を奪われながらも、なんとか目的の"檍"一家が住むという家に到着。七詩曰く、俺たちを匿って住まわせてくれる人達らしい。何故こんなことになったのかって?まだ俺も知らねぇよ。後で絶対聴くけどな。

"ピンポーン"

がらっ、と、引き戸が開くまでには、そう時間は掛からなかった。

紺の長髪が美しいー...そこに居たのは、俺より年下であろう女の子だった。.....って、えっ。待って。この女知ってる。こいつはもしやー...

「あら、秋じゃない。久しぶり。七詩もいらっしゃい。」

にこりと微笑む彼女に既視感を覚えた。そしてそれは当たっているのだと、秋と呼ばれたことで痛感してしまった。なんてこった。

「姫草、お前こんなとこにいたのな。........まじかぁ。はぁ。」

幼なじみである姫草の登場に、結構真面目にショックを受けながら、俺たちの逃避行の序章はこうして幕を閉じた。

「ねぇ、それじゃあ今日はこの辺で休んでいい?さすがに疲れた........。」

そう言って、家の前の砂利道で寝転んだ七詩を運ばされたのは、別の話。