介護するためにパートなわけじゃない
こんにちは。住まいのおせっかい家です。
これは、パートで働いている頃の自分の叫び。
介護するためにパートで働いているわけじゃない。
この時の感情と向き合うためのブログです。
ここに書くのが適切なのかわからないけれど、介護の問題について少し知って欲しくて書いてみます。
私の父は、大腿骨を骨折して要介護状態になりました。
一人暮らしだったので、入院手続きやら、書類の準備だけでも色々あり、急なことなので、こちらもついていくのがやっと。
病院から手術の説明、病状の説明など突然呼ばれることがあります。
通常は、病院がやっている時間、つまり平日の昼間です。
そんな時、結局呼び出されるのは娘である私。
子供が小さいからパート勤務にしていて、ただでさえ少ない時間で仕事を切り上げなければいけないのに、急にお休みをもらったりするのは、とても心苦しかったです。
だけど、フルタイムで勤務している人は、仕事を休んでまで対応できないと言う空気。
パート勤務で、子育て中で時間があるのだから、対応できるでしょうと言う空気。
過剰に感じている自分もいました。
でも、誰も手伝ってくれない。
子育て中で、子どもとの時間を大事にしたいから、パートで働いていました。
フルタイムの仕事を選んでないのは、介護をするためじゃない。
だけど、時間の融通が効くでしょと言われている気分。
父と別に仲良しなわけではないから、仕事を休んで面倒見たいなんていう感情はない。
でも、娘なんだからやるのが当然と周囲から思われる。
散々イヤな想いをしてきたのに、なぜ感謝もされないのに、ここまでしなきゃいけないのだろう。
本当につらくて泣きたい気分の毎日でした。
病院からの呼び出しも、基本的に娘さんが出来るでしょという感じ。
先生との面談は時間も読めず、子どもだけで留守番が出来るほどでもなく、本当に困っていた。
あの時の自分は、それを感情的に泣き出すことしかできなかった。
責めるように兄弟を罵倒し、夫にあたり散らす。
こんな事を書いたのは、自分の心の奥底の悲しみとブロックに気づいたから。
お金を得るために働いている人が優先。
家事や育児をしている人は、時間がある。
お金を得てない人は不測の事態に対応しなければいけない。
そう自分で思い込んで、抱え込んでいた。もっと辛いと言葉にしてよかったんだと思う。
言葉にしてないのだから、伝わるわけない。
「誰が食わせてやってると思ってるんだ」と父にいつも言われていた子どもの頃。
だから、パート勤務でたいしてお金を稼いでいない自分はダメなんだ、価値がないんだと思っていた。
そんな事なかった。
子育てして、家事だってしていた。
頑張っていたよ。
ツライって言葉にしていい。
こんな体験が、介護状態にならないために家に手すりをつけたりするおせっかい家の仕事の原動力になっている。
急に、親の介護と育児のダブルケアで大変になる女性が減って欲しい。