DJが集まる秘密のバー「スミス」
「ホワイトリカー飲んだら悪酔いしたわ〜。あれはケミカルやな、危険ドラッグくらい。純度高い酒はドラッグとして上質やな。いい感じのキマり方するし、ヌケもいい」
カウンターに座るなり、店主の女がふっかけてきた。確かに酒は立派にドラッグだろうけど、いきなり何の話だ。
キャラの濃い飲み屋がひしめく中野で、ひっそりと独自のムードを放つバーが、この<スミス>だ。中野駅北口を出てネオンと提灯が並ぶ飲屋街を抜け、ひとけもまばらになった中野の外れ。長屋に描かれた「スミス」の文字が目印だ。
21時。扉を開くとカウンターが10席、テーブルが2つ。標準的なバーの広さ。控えめの音量で流れるのは、エイフェックス・ツインみたいなクセのあるテクノ。Shazamで検索しても引っかからなかった。
ここが、DJたちが集まる秘密のバー。少しだけ行きづらい場所も幸いしてか、鼻が効く面白い人が出入りするユルいサロンみたいになってる。
ただし、秘密っていっても敷居の高さはまったくない。だれでもふらっと入れるし、生ビール450円〜のグッドプライス。
単純にリニューアルオープン間もないことと、店主が特に告知をしてないから、今のところ“知る人ぞ知る”って感じになってるだけ。
「明日UNITの地下でDJやるから、よかったら遊びにおいでよ」
これが店主のひとりPortaL(ポータル)。ブライトン帰りのDJで、「Soundgram」っていう都市型フェスや、「PLLEX」っていうパーティーも主宰している。もうひとりの店主が、各地のパーティーやフェスでマッサージブースを出店しているさっきの女、バチコ。「わしも今度DJするで!」って、一人称が「わし」なのが最高だね。
店主がそんなだから、中央線の酒飲みに混じって、東京のコアな音楽シーンのDJたちや、フォトグラファー、デザイナーなんかが自然に集まっていつもダラダラ飲んでる。
今日はこの店の会話に聞き耳を立ててみたから、そのレポートを届けようと思う。
PortaL「おーDXさん、いらっしゃい」
DX「やあ。この前すごかったね、ヘビーシックの後。ここに40人近く入ったもんね」
PortaL「朝6時すぎまでやってましたね」
DX「あの日食べた餃子うまかったね。自分たちで作ったの?」
PortaL「近所の餃子屋さんで冷凍のが売ってたんです。60個1000円」
バチコ「安すぎるよな〜、手作りなんかな?」
DX「餃子マシンでしょー」
バチコ「そんなマシンある? 手やろ〜! おっ、かける? かけるか? 5000円な」
PortaL「いやいや、現代の餃子テクノロジーを甘く見てたら、泣くよ?」
DX「バチコちゃん、ネットで調べてみてよ」
バチコ「わし、携帯持ってないねん」
DXさんはドラムンベースのDJで、Soiっていうクルーにも所属している。この前、中野のライヴハウス・HEAVY SICKで<スミス>のオープン記念パーティーがあって、アフターが餃子パーティーだった。DXさんや店主のPortaLがDJしたり、SKILLKILLSやWUJABINBINのクルーが出演したりっていう感じ。
<スミス>が今の形になったのは今年1月。ひょんなことからPortaLとバチコが前オーナーの店を引き継いだ。
「ふらっと飲みに入ったら盛り上がって『バチコちゃん、この店やる?』って言われて、始めてん」だって。それ以来、この長屋がクラブ文脈と中央線ローカルの交差点になった。
DX「そういえばPortaLとバチコちゃんどこで出会ったの?」
バチコ「千駄ヶ谷のイベントで、隣におってん」
DX「ボノボ?」
PortaL「ボノボの近くの、ニューロカフェっていう場所」
DX「まさか一緒にバーやると思ってなかったでしょ?」
PortaL「まったく。俺はDJで食っていくと思ってたから。でもスミスはじめてDJが良くなりましたね。現場を少し引いて見れるようになったっていうか、ガツガツしなくなった」
DX「ここはふたりのバックトゥバックの感じがいいよね。そこにお客さんの要素が混ざってさ。音楽仲間も来るし、近所の人と飲んだり。この前の50歳くらいのお父さん」
PortaL「ありましたね〜」
DX「中野でひとり暮らししてる娘が心配で、様子見にきたっていう。あんまり来ると嫌がられちゃうから、たまにって。泣きそうになっちゃったよ」
バチコ「当たり前なんやけどさ、バーってマジで初対面の人が突然入って来るんよな。全然チャンネル違う人と会えるのはオモロいよな〜」
珍しいインポートビールを飲み終えて、2杯目に自家製果実酒をオーダーすると、キュートな女の子が入って来た。
RS「こんばんはー」
バチコ「おお〜いらっしゃい」
彼女はDJ RS。最近「リンスFM」でプレイしたのが話題になった。リンスFMっていうのはイギリス発祥のパイレーツラジオ。音好きがコアな曲を流しまくる違法な海賊ラジオ局で、イギリスの音楽カルチャーを長年支えてきた(リンスFMは、今は合法化したけどね)。
RS「しばらくアメリカ行ってたんですよ。テキサスで『サウスバイサウス』っていうフェスに参加して。NYとかとぜんっぜん違いますね。テンガロンハットかぶったオジサンが狩猟してる世界」
バチコ「ブロンソンみたいな?」
PotaL「RSと初めて会ったのはイギリスだよね。ブライトンにいた頃」
バチコ「ぐはー無視!? 鮮やかー! まあええわ、ほんで?」
RS「初対面が衝撃で。出会った瞬間『海いく??』って言われたんですよ!」
バチコ「キムタク? キムタクかな?」
RS「海でやってるフリーのレイブパーティーに連れてってもらって。みんな昼の12時くらいまで踊ってるの」
PortaL「コアな音好きが多いからな〜。日本にない感じのパーティーだよね」
DX「ロンドンはまた違うよね。海ないし、シティだし。俺はマグネティック・マンが結成された頃に行ったのかな。ダブステップがすごく勢いあったとき」
バチコ「マグネッティック・マンってどんなん?」
PortaL「スーパースター同士のドリームチームみたいな。『スクリーム』っていう人と『ベンガ』っていう人」
バチコ「ほー、日本で例えるとどんな?」
DX「EXILEとAKBが合体みたいな……いや、違うか?」
バチコ「なんかしらのヤバさは伝わったで」
DX「ロンドンは、一時The Endっていうクラブがよかったけど、なくなったね」
PortaL「今もあるのはコルシカスタジオズとか、エレクトロワークスっていう、ジャンクの飛行機置いてるところとか」
バチコ「東京は最近新しいハコ増えてるよな。バーはじめて思ったんやけど、クラブとバーは全然違うな。遊び方っていうか、ノリっていうか。どっちともええけど」
DX「会話も違うよね。クラブだとみんな自分の音楽センスに自信あるわけじゃない? でもバーだと、全然違う畑の人同士が混ざるから、人間と人間の会話っていうか。人間力が足りないなーって気づかされることあるよ」
RS「あー、それわかる」
DX「スミスで知り合う人は特に『面白いことやりたいよね』っていう感覚がベースにあって。お互い前向きな何かを共有して飲めるっていうか。それは何なのか?って聞かれると言葉にできないんだけど……明日に繋がるサムシングみたいな」
RS「それ! 同じこと言おうと思ってた!」
この夜は、こんな感じだった。
ふらっと入って楽に飲んで、ポジティヴなフィーリングを持って帰れる。そんな店って案外貴重だから、本当は教えたくなかったんだけどね。
コアなパーティー情報が知りたいとか、面白い人と話したいってだけでも、寄る価値は十分にある。少しの刺激が欲しい夜、とりあえずスミスで1杯飲みながら作戦を練るのは、かなり悪くないアイデアだと思うよ。
photography:七咲友梨/Yuri Nanasaki