スズメバチの巣
玄関の軒下に、スズメバチが巣を作り始めてしまいました。
毎年、ハチの巣は沢山家の周りに作られますが、できるだけ大きくならないうちに取ってしまうようにしています。
ハチにとっては、何か住みよい条件でも揃っているのでしょうかね。
あまり大きくなってしまうと、殺虫剤を使わないといけなくなるので、残酷なことになってしまいます。
かといって、そのまま放置してしまうと、犬の散歩によく来る小さな子どもたちまでハチに刺されたりしても大変ですし、悩ましい所があります。
今回は、対象がスズメバチですし、玄関の軒下なので、訪問する人全てが危ない目に遭うことになるので、躊躇うこともなく取ってしまいましたが、可哀そうではありますね。
動物愛護を猛烈に推進する人の中には、他人の都合も考えずに、ただ動物を殺すなとかいう人たちがいますけれど、私が思うに、そんなことを本気で言えるだけのことをしている人はどれだけいるのでしょうか。
菜食主義者でないなら、食べる動物と、保護する動物を区別する意味が分かりません。
人間が、家畜を食べる行為は、あらゆる生き物の中でも、最も残虐な行為と位置づけできると思います。
食べるために生み出し、人にとって美味になるように育て上げ、殺して食べる。
この行為を是としている人が動物を殺すなと主張できる図々しさを、私は理解できません。
殺される動物を、自分の人生の全てをかけて保護しているのなら、少しは言いたいことも理解できます。
全財産を使い、時間と労力をかけて動物を保護し、必死で動物たちと共に生きている。
そういう人の言葉であるなら、私も聞く耳を持ちます。
ペットセンターから動物を買ってきて可愛がる。
畑を荒らして困る動物が居るといっても、殺すなと主張する。
殺すなというなら、自分たちで捕獲して保護すればいいものを、それはやらない。
世の中には、動物に対するアレルギーを持っている人もいるし、単純に嫌いな人間だっている。
自分の土地に、勝手に入ってくる動物を、殺すなというなら、そういう動物をちゃんと保護して他人に迷惑をかけないようにやるのかと言えば、他人に何かをやれと主張するだけで自分では直接何もしない。
人間が使用する薬の試験に動物を使うなという。
では、それを主張する人は、自分や、自分が大切に思う人が病気になった時に、医薬品を使わないのかと言えば、そうでもない。
私も、動物を殺すのはとても嫌だし、家の中に入ってくる害虫ですら、できる限り殺したくない。
しかし、自分には薬も必要だし、肉も食べたい。自分を害する生き物から自分の身も守りたい。
人は、人が生きるために、動物を殺して食べ、害虫・害獣を駆除する。
行為自体がどれほど残酷なことなのかは嫌というほど理解しているが、私はこの行為を、否定できない。
お釈迦様でも、無駄な殺生はするなと教えるが、生まれてから死ぬまでの間に、動物を一匹も殺すななどという無茶なことは言っていない。
何を言うことも、自由なのでかまわないけど、「社会人」であり、「大人」であるなら、自分がどうやって生きているのかということぐらい自覚してもらいたい。