第5章 02
護とカルロスと妖精を載せた木箱を吊り下げて飛ぶターさん。やがて家に到着すると、いつしか眠っていたカルロスを起こしてその身体を支えつつ木箱から出す。
ターさん「カルロスさん、まずシャワー浴びといで。」
護「お風呂場こっち」と風呂場へカルロスを連れていき、籐で出来た篭を指差して「脱いだ服この篭に入れて。俺が洗濯するから。」
カルロス「…申し訳ない。」
護、棚からバスタオルを出しつつ「気にすんな。お互い様だ。」と言うと「じゃあ俺、着替えの服を持ってくる」と言い風呂場から出る。そこへターさんが服を抱えて持ってくると「これ。カルロスさんに。」
護「ありがとう。ゴメンよ。」
ターさん「いいけどさ。それにしても…。雲海を越えて逃亡してくるなんて。人工種ってよっぽど大変な状況で生きてるんだねぇ。」
護「いやいや」
ターさん「あと何人来るんだろ。」
護「もう来ないよ。」
ターさん「そうかなぁ。」と言うと「さて夕飯は何にしようかなー。」とキッチンの方へ行く。
暫し後。
キッチンで食事を作っているターさんと護
そこへTシャツにジーンズ姿のカルロスがバスタオルを羽織ったまま入ってくると「シャワー、お借りしました。すみませんが水を頂けますか。」
ターさん、コップに水を汲んで「はい」とカルロスに渡して「何か食べる?」
カルロス「いや」と言いつつテーブル脇の椅子に腰掛ける。
護「リンゴくらい食ったら?あとは夕飯まで寝てたらいいよ」
カルロス「食べ物はいい」
ターさん「お腹すかない?だって何も食べてないだろ?」
カルロス「…食欲が無くて。特に空腹でもないし」
護「じゃあ俺が食う」とリンゴを切り始める
ターさん「護君が食べたいだけじゃん。…でも良かったね。お仲間が来て。」
護「んん?…なんか凄い人が来てビックリだけど。」
カルロス「…何が凄いんだ。」
護「だって周防先生が作った史上最高の探知人工種だし。」と言うとターさんに「周防先生ってのは、人工種でありながら製造師になった、唯一の人なんだ。」
ターさん「唯一? …製造師って親の事だよね。他の人工種は製造師にならないの?」
護「うん。」
ターさん「何で?」
護「…。」ちょっと黙ってから、カルロスの方を向いて「何で?」
カルロス「知らん。でも人工種で製造師なのは周防だけだな。」
護「他の製造師は皆、人間だもんねぇ。」と言うと、ターさんに「それでさ。カルロスさんがあまりに凄いから、俺の製造師の十六夜先生が意地になって五人兄弟を作ってさ。その四男が俺。」
カルロス「つまり人工種の周防と、人間の十六夜の、意地の張り合いです。どっちが素晴らしい人工種を作れるかと」
ターさん「はぁ」
カルロス「私一人に対して五人兄弟を作るのが意味不明ですが」
ターさん「人海戦術なのかな」
護「人工種で五人兄弟を作るって難しいらしいよ。とりあえず俺、ホントはカルロスさんに勝たなきゃならないんだけどな。十六夜の四男として。」
ターさん「腕相撲でもしたら」
護「それは絶対勝てる!」
カルロス「断固拒否します。腕を折られたくありません。」と言うと立ち上がり「ちょっとそこのソファに横になります。」
護「ごゆっくりー。」
ターさんと護は夕食の準備を続けて、出来た料理をテーブルに並べる。
テーブルからちょっと離れた所に置いてある三人掛けのソファでは、横になったカルロスが数匹の妖精達に飛んだり跳ねたり叩かれたりしている。
カルロス、辟易しつつ護に「…これは、ペットとして飼っているのか。」
護「違うよ。勝手にドア開けて入って来るの。」
ターさん「開けられるようにしたしね。閉じてるとドア叩かれてうるさいから。」
カルロス「この妖精たちに個別の名前はあるのか」
護「あるよ。仲良くなると自分の名前を教えてくれる。」
カルロス「ほぅ。」
夕食の準備ができて、護とターさんが席に着く。
護「いただきます!」とトマトソースのパスタを食べて「美味い」
そこへ妖精がポコポコと跳ねて来て、面白そうに料理を見る。
護「お前も食べるかー。要らないか。」と言って「お前、イェソド鉱石しか食べないもんな。」
カルロス思わず「鉱石を食べる?」
護「うん。この口でボリボリ食べるよ」
カルロス、目の前の妖精を見つつ「この口で…。」
護、ターさんに「そういや明日、街に買い出しに行く予定だったけど、どうしようか。」
ターさん「俺が一人で行って来るから護君はここにいて。」
護「了解」
カルロス「街というと、あの山にある街か」
ターさん、カルロスに「流石。『壁』があるのに探知しちゃうんだ。」
カルロス「『壁』とは、あのバリアの事かな。ちなみにこの近辺に家が無いのはどうして。」
ターさん「元々は人が住んじゃいけない所だったから。…以前、採掘師はあの『壁』のエリア内で採掘してたんだよ。『壁』の外に出るには船団を組むか、相当な理由が必要だった。」
カルロス「なぜ」
護「なんか変な話があってさ。昔、人工種が人間の手先になってイェソドを攻めたから、それで『壁』を作ったとか。」
カルロス目を丸くして「…なんだと?」
護「有翼種はそれ信じてるんだよ。だから今も一応、人間と人工種からイェソドを守る為に『壁』があるの。」
カルロス「すると、我々はちょっと、まずい?」
護「んでも俺はここで生きて行かなきゃならないし。」
ターさん「…とりあえず俺は、『壁』の外で自由に採掘したいなぁと思ったんだ。それで頑張って外に出て、珍しい石を採ってきて石屋に見せたら凄い喜ばれて、コレがかなり売れたんだ。そしたら最初は苦い顔してた採掘仲間も興味を持ち始めて、皆で外に出ようって事になって、それで俺はここに家を建てて住むまでになったと。」
護「最初は洞窟に住んでた事もあったんだって」
ターさん「洞窟暮らしも面白いよ。」
カルロス「…自由だな」
護「自由だよねぇ。」
ターさん「ところでカルロスさん、ホントに何も食べなくて大丈夫?」
護「少しくらい食ったら」
カルロス「…食べられないので」
護「というと」
カルロス「…実は私は、護を探知した後から、なぜだか知らんが食べ物を飲み込めなくなった。頑張って食べても、後で全部吐いてしまう。」
ターさん&護「…!」
カルロス「でも食べないと不審がられる。体調不良だとバレればメンテ送りにされる」
ターさん「メンテ送り?」
護「人工種製造所に行って治療する事。」
カルロス「メンテ送りになると、それだけ壊れやすい人工種という事で、つまり価値が無いと」
ターさん「価値が無い?」と驚くと「あの、病気って、何で病気になるか知ってる?」と言うと「無理したら病気になるんだよ」
カルロス「しかし無理をしてでも自分の症状を隠さなければならなかった。もし不調がバレればメンテ送りになる。それは黒船から降ろされる事を意味する。だったら、逃げてしまえと。どうせ全て失うなら…。」と目を閉じる。
ターさん「そんな…。」
カルロス、目を閉じたまま「でも結果として逃げて良かった。ここに辿り着けた。」と微笑む
護&ターさん「…。」
ターさん「…よく、ここへ…」と言うと「本当に、よく来てくださいました。…苦労されましたね…。」と言うと「まぁゆっくりして下さい。もし何か食べたくなったら護君が何とかしてくれますから」
護「え。俺が?」
ターさん「たまに変なもの作りますけど」
護「変なものって。…まぁアレは失敗したけど。とにかく何か食わせてやる。だから食べたくなったら言って」
カルロス「…うん。」
翌朝
声「…カルロスさん。カルロスさん。」
ふと目を開けるカルロス。気づくと自分の身体の上に毛布がかけてある
護「ここ掃除するから向こうで寝てほしいんだけど」
カルロス「ん」と驚いて起き上がる。「あのまま寝てしまったのか」
護「うん。」
カルロス「今は、朝…ええと…時計は」
護「何時でもいいやん。あっちの部屋で寝てろって。」と奥の部屋を指差す
カルロス「ああ」と言うと毛布を持って立ち上がって奥の部屋へ行き、ドアを閉めようとして、護に「本当に寝てていいのか」
護「起きたいなら起きれば?」
カルロス「何か仕事があれば」と言ったところで
護「ありません」
カルロス「そうか…」とドアを閉めるが再びドアが開く。
護「なに?」
カルロス「トイレ行って来る。」
その後。
護は家の掃除を終えると外に出て裏庭の野菜畑の手入れをする。
カルロスは部屋でベッドに横になって寝ているが、何回も寝返りを打つ。そしてはぁ…と溜息をつく。(だめだ…どうしても罪悪感に苛まれる…。せっかく落ち着ける場所に来たというのに。)
再び、はぁ…という溜息をつくと(…駿河は、どうなっただろう…。私のせいで、管理から処罰を…。…黒船は大丈夫だろうか…。もう全く関係無い事なのに、気になる…。)と思いつつ(…黒船の奴ら、怒ってるだろうな。特に上総が…。)と思って、また溜息をつく。
(お前だけ自由になるなと責められている気がする。…許してくれ……)
護はキッチンで自分の昼ご飯の準備を始める
護「今日の昼飯は何にするかなー」
テーブルの上では既に妖精たちが昼飯の鉱石をポリポリ食っている。
護、ふと(…あ。カルロスさん、昼ご飯食べるかな。)と考え、カルロスの眠る部屋の前へ行き、そっとドアを開ける。
護「あの…」と言うが、特に返事は無い。そのドアの隙間から、一匹の妖精がトコトコと部屋の中に入る。
護(…寝てるか。)静かにドアを閉める。
部屋で眠るカルロス。…夢を見ている。
≪カルロスの夢≫
声『どうして行ってしまったんですか』
振り向くと、駿河がいる。
駿河『何か不満があったなら言ってくれれば良かったのに。』
カルロス『…申し訳ない…。』
駿河『貴方に何かあれば俺が管理に責められるんですよ!人工種の使い方が悪いって。先代のティム船長みたいに、もっと厳しくしろって!』
カルロス『…でも貴方は、あのティム船長よりも』と言いかけるが
駿河『どうせ俺は立派じゃないし、皆に嫌われる事が恐くて厳しく出来ない。大体、船長経験の全く無い俺が、いきなり黒船の船長なんて、荷が重いし肩身が狭いんですよ。他船のベテラン船長に何て思われるんだろうかって。それでもティム船長に推薦されたから、その期待に応える為に頑張って黒船の船長やってるのに!』
カルロス『…。』
駿河『貴方だけ逃亡するなんて、ずるいです!皆、苦しいのに、貴方だけ自由になるなんて!』
カルロス『…申し訳ありません!』と駿河に対して土下座して、必死に『許して下さい…!』
駿河、無言『…。』
カルロス、頭を下げたまま『でも貴方が船長だったから、私は逃亡する事ができた。もしもティム船長だったなら、絶対に無理だった…!』
駿河『よかった』
カルロス思わず『えっ』と顔を上げて駿河を見る。すると駿河が嬉しそうに微笑んでいる。
カルロスの目から涙が零れる『よかっ…た…?』
自分の涙でふと目を覚ますと、カルロスの目の前にヘンなものがある。…あのゴツゴツした妖精である。
カルロス「…。」涙を拭いつつ寝返りをうって妖精の反対側を向く。(…あれは夢…。夢だけど…。)
駿河『よかった』
カルロス(なぜ…。何が良いんだ。良い訳ないだろう…。私は責められて当然なのに。でも…、なぜだろう。あの微笑みが駿河の本心のような気がする。なぜ…。)と思ってから(…どうせもう、二度と会えない…。)と毛布に顔を埋める。そんなカルロスの後頭部に妖精がキックをぶちかます。それからカルロスの頭に乗ってジャンプ
カルロスが渋い顔で毛布から顔を出すと、妖精はカルロスの顔の前に来て、カルロスの額にゴンと頭突きをぶちかます。
カルロス「…何なんだお前は…。」と言うと渋々起き上がり、ため息をついて立ち上がると部屋から出る。