人生のセンパイインタビューNo.2
本間 真生さん
東北芸術工科大学デザイン工学部コミュニティデザイン学科
新潟でバレーボールに打ち込んでいた本間さん。
しかし、道半ばバレーボール部を退部。
「これまでバレーしかやってこなかった自分を変えたい。」
この想いから本間さんはさまざまな挑戦を始める。
挑戦から得た学びと夢をお聴きしました!!
Q.中学時代はどんな生徒でしたか?
親が転勤族だったので中学校2年生までは宮城県にいました。
小学校から始めたバレーボールに打ち込む日々でした。
性格は一言でいえば「生意気」(笑)
周りと比べて技術が高いと思い込んでいて、なんでも自分でできると思っていました
また、小学校の時はため口でよかったのが、急に敬語を使わないといけなくてそれができませんでした。中学生の時に「なんで言われたことをやれないの?」と先輩8人ぐらいに囲まれて言われたこともあります(笑)
ただそれでも当時は変わらなかったですし、コートに入ってバレーボールができればいいと思っていました。
Q.今の本間さんからは想像できないですが、何か変わるきっかけがあったんでしょうか?
中学校のバレー部の先生からコートから外されたんですよね。
「素直じゃないなら出ていけ」
その時に目が覚めたというか、これまで私は自分のやり方が正しい。コートにいることが当然だ。コートにいなくてはならない存在だと思っていました。ただ、その時「ああ、私っていなくてもいいんだ」って気づいたんですよね。そこからは素直になりました。
Q.そこからはどんな風に変わったんですか?
具体的には先生の言うことを頭ごなしに否定していた自分を反省しました。そしてとりあえず試してみることを意識して取り組んでいました。
Q.この経験今めちゃくちゃ活きてそうですね!?
はい!大学では周りからは「素直だね!」ってよく言われます。自分のできないところを指摘されたら受け止めることができる。アドバイスを受けたらまずはやってみる。これらはこの経験があったからです。
Q.部活以外はいかがでした?
勉強すこぶる苦手だったんです(;^_^A
宮城にいるときは周りの友達は勉強ができる人ばかりだったので、
勉強ができない自分はすごくコンプレックスでした。
だから必死に自分の悪い点数をひた隠しにしていました。
ただ、中学2年生の秋に新潟に引っ越したら少し状況が変わりました。
周りの友達がそんなに頭のいい人じゃなかったのもありますが、自分の勉強ができないことを言ってみると受け入れてもらえたんですよね。
自分のネガティブだと思っている部分も言ってみることが大事だと気づきました。
Q.高校はどのようにして進学先を決定しましたか??
私かなり「出逢い」に恵まれているんですよね。中学生のころ外部コーチで指導くださった先生が学校の紹介状を書いてくれたこともあって、自分の可能性を試したい。周りにも負けたくない。そんな思いで新潟県のバレー部で一番強い学校を目指して入学しました!
Q.念願かなって入学した高校はいかがでしたか??
バレー部に入部しましたが想像を絶するほど辛いものでした。
朝練が毎日あるので始発でしたし、上下関係もあるので先輩よりも先に行かなければいけません。練習量も中学時代と比べられないほど多くなりました。
さらに、強豪校ならではのミスができないプレッシャーもあり、1つミスをすればコートを出されるという周りの気持ちに圧倒されていました。
結果として周りは3年の冬に引退するところを3年の夏に退部することになりました。
Q.バレー部を辞めたあとはどうされたのですか??
そのあとは本当にいろいろなことに挑戦することにしました。
今まで自分はバレーしかしてこなかったので将来への不安が大きかったです。
もともとバレー以外のことにも興味はあったので何か自分のやりたいことを探すためにも
とにかく色々挑戦しました。
Q.挑戦とは具体的にどのようなことをしましたか??
海や山の名人に話を聴きに行きインタビュー記事にまとめる「聴き書き甲子園」や東北芸術工科大学主催のアイデアサマーキャンプに行きました。
また進路を考えるうえでもオープンキャンパスには全国各地興味がありそうな大学は
片っ端から行きました。
興味があるものをひたすら挑戦していたのでしょうか??
じつはそうでもありませんでした(笑)
アイデアサマーキャンプ・聴き書き甲子園などは実はあまり興味がありませんでした。
というのもこれらは人に薦めていただいたものでしたが、「紹介してくれるのだから何かしら私に合っているはず。」と思うようにしました。
やりたいことがないからこそ素直に動くことが大事だと思っていました!
挑戦してみていかがでしたか??
すっごく楽しかったです!!
学校に行くのも大事だと思いますが、
もしかしたらもっと大事な事を学べる場所だったんじゃないかと思っています。
「聴き書き甲子園」では山で狩猟をされている方に話を聴きに行きましたが、その方の自然と一緒に生きるかっこ良さには今でも憧れています。
「サマーアイデアキャンプ」では町のことに対してこんなに一生懸命動いている大人やチームで新しいアイデアを創ることの楽しさを知りました。そしてなにより自分の興味関心や問題意識を元に動いているかっこいい同年代にたくさん会えたことは財産でした。
Q.挑戦からたくさんのことを得たのですね!
はい!
今までは学校の友達や教科書の中でしか出逢いがなかったからこれからの人生に繋がりにくかった。
ただ、社会に触れることで学校の勉強の大切さも知れました。
Q.高校3年夏から動き出して受験への不安はありませんでしたか?
不安でした!
東北芸術工科大学へ行きたかったんですけど、両親からは新潟にいてほしいという気持ちもあったので新潟に進学を考えていました。
AO入試で新潟の大学を受けましたが不合格でした。
不合格になってから、街を元気にしたいという想いや将来のことを考えるとないところから創り出す学びができるのはコミュニティデザイン学科しかないと思い、
両親を大学の個別相談に連れて行ったり、大学への想いも何度も伝えたりしました。
その結果なんとか両親から応援してもらえることになり推薦試験を受けました。
受験を決定する前から現地の大学に行き、ときめいたところをノートにびっしり書いていました。あとはひたすら先生や友人、これまでの様々な挑戦の中で出逢った大人の方へ東北芸工大への想いをひたすら話していました。
受験1週間前からはサマーアイデアキャンプで出逢った先輩の家に泊まっていました。
泊っている間に先輩やその先輩の友人も面接練習に付き合ってくれました。「私たちも本間さんと一緒に学びたいからそれ面接の先生に言っていいよ!」と言っていただき、かなり勇気づけていただきました。
そのおかげもあり合格することになりました。
Q.高校3年間で探究していたことと言えば何ですか??
「自分の未来」について探究していました。
春高バレーと言う過去の憧れにとらわれず、今・未来の自分は何をしたいのかを大切にしていました。そのため、人との出逢いやチャレンジの機会は逃しませんでした。
繰り返していく中でバレー部での過去を踏み台にして頑張れる自分もいますし、失敗しても学びがあることがきちんと理解できていたので挑戦が怖くありません。
Q.現在大学4年生の本間さんですが、
大学生の今のことを教えてください!
山形県大江町でママのやってみたいを叶えるプロジェクトを行っています。
町の人からの調査→企画→プレゼン→実施→検証→成果発表までを学生ながら取り組ませていただきました。0から1を創る挑戦が本当に楽しく、参加いただいたママさんからも「人生で一番楽しい時間だった」と言っていただき、プロジェクト後も自分の夢が見つかったと動き出すママさんもいました。
将来は、コミュニティデザイナーとしいて「聴き書き甲子園」で出逢った狩猟の方みたいに自然の中で暮らしながら、そこに生きる人のやりたいに伴走したいです。
Q.高校・大学と「探究」をした本間さんにとって探究とは何ですか??
「自分の人生を豊かにすること」
もし探究をしなかったら、バレーのことしかわからない自分、勉強って何なのかわからない自分でした。探究したとたん今まで見えなかったものが見えるようになりました!
今まで何となく見ていたニュースや本がとても価値あるものになる。「自分にとってのやりたい」が見つかることはすごく幸せなことだと思う。
Q.中学生へ一言
不安とかできない自分を見るのではなくて、本当はなにをしてみたいのか心の声を聴いてみてください!分からないでもいいので人に言ってみる!
一人一人は可能性しかないので、自分の可能性を諦めないで!君ならできる!
と私は思っています!