「日曜小説」 マンホールの中で 3 第二章 3
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第二章 3
「やっとわかったよ」
次郎吉はいつもより明るい声で言った。また深夜の善之助の家である。いつもの缶コーヒーがあり、その蓋が開いている。中には半分くらいコーヒーが残っているのか、缶のふちにはコーヒーのしずくが少し残っている。
「何がわかったんだ」
「東山資金のありかだよ」
「どこだ」
まさか、本当に資金があったなどとは思えない。またその資金を探し出したところで、すべてが自分の懐に入るわけでもない。そもそも、目が見えない善之助にとって、自分の家をバリアフリーにする以外、特に何か大きな夢があるわけでもない。生活も年金で何とかなっているので、宝などは必要はないのである。
しかし、男性として、いや少年の心持つものとして、隠された宝があれば、それを探さないわけにはいかないのである。そしてその手掛かりが一つ一つ、目に前に出てくると、それは心躍るものなのではないか。
「興奮するなよ、爺さん」
次郎吉は、少しもったいぶったような感じで言った。じらして楽しんでいるわけではない。しかし、やはりこれだけの情報はすぐに話してしまってもあまり面白くないのである。今回の内容はそれだけ苦労をしたというようなことだ。
「実際は、ある場所が分かったわけではないんだ」
「なんだ」
「要するに宝のある場所を探す方法が分かったということだ。ある意味で宝の地図を見つけたということで、これから宝を探しに行かなきゃならないんだが、それでもかなり前に進んだと思わないか」
重要な手掛かりを探したということである。ある意味でこんなにワクワクすることはない。夜中であるのに大声を出しそうになって、善之助は慌てて声を飲み込んだ。
「とりあえず教えてくれ」
「ああ、爺さんの話がヒントだったよ」
「どういうことだ」
「爺さん、前回来た時、子供とか女などの弱者を保護するということをいっていた。それもその場所は米軍に知られないようにするために地図には書いていない山があってその山の上に避難させたとか」
「ああ、そんなことを言ったな。私の父が軍隊であった時に、何よりも子供を産み育てる女性と、これからの日本を背負って立つ子供を守らなければならない。父の友人たちは皆天皇陛下万歳といいながら、こころの中には妻や子供、そして地域の子供たちのことを思い浮かべて死んでいったんだと、私の父は言っていたんだ。」
善之助は、昔、父が言っていたことを思い出しながら言った。いい思い出であるが、同時にこのような話が役に立つとは思ってもいなかった。
「そうそう、その話」
「この前次郎吉さんが女子供や弱者を守るために、砲台があって、その砲台で守っていたといった。しかし、砲台は絶対に狙われる。つまりその砲台の後ろに隠れている山が非難させている山ではないかと言った気がする」
「そうだよ爺さん。そのうえで俺は考えたんだ。これから女や子供を守って死ぬ覚悟の物が財宝がいるだろうか」
「確かに」
「つまり、財宝は何のためにあるのか。それは、生き残る子供や女性たちが、生き残った後の日本を立て直し、生活に困らないようにするために必要な資金であり武器である。中にはその金でアメリカ軍を買収したり、危機を脱したりする可能性もある。そして余ったものは、それこそ、昔の話だから、天皇陛下にお返しする。そういうように考えた。いや、東山将軍という、陸軍中野学校のエリート指揮官ならば、そのように考えるに違いないと思ったんだ。」
「なるほど、その思考は正しいな。私だって、ここまで目が見えなくもうこんなに耄碌してしまっては、金などは必要あるなどとは思っていない。もちろん東山資金が要らないというのではないが、宝探しの方が楽しいのだ。まあ、私のことなどは良い。確かにこれから死ぬ覚悟ができている人々が、金は必要ないな」
善之助は、自分の身に置き換えてそういった。確かにそうなのである。あの世に金などを待ってゆけるはずがない。それならば、そんなものを守るために命を懸ける気がない。金は、誰かに残すか、あるいは自分が今後生きて使うためにあるのだ。
「そうなんだよ。そもそも金なんて言うのは、生きている人間の間でだけ有効なものであり、あの世に持ってゆけるわけではない。まあ、日本では、三途の川の渡し賃として六文銭が必要で、昔の武将真田幸村なんかはその六文銭を旗印にしていた。しかし、今はそんな時代ではないから、まあある程度の金があれば、それでよい。当時、あの地下壕にこもる覚悟をしていた人々もそう思ったに違いない。そこで、あの地下壕には武器や弾薬そして籠って戦えるだけの食糧はあるかもしれないが、しかし、資金などの金目のものは何もない。そう考える方が正しい。」
「その通りだ」
「そこで、司令部に行って地図を見てみたら、砲台の角度と射線が描いてあって、その射線の範囲の反対側、つまり射線に守られている山が五つあった。」
「ほう。予想通りだ。」
「まあ、山の名前なんかはない丘みたいなところだが、どこも、山の上に祠があったり、公園があったり。一番大きなところは、城山公園」
「城山」
「昔何とか言う武将の城か館であったという伝説のある山だ」
町の奥に確かに城山公園というものがある。その城山公園の上は、ちょっとしたハイキングコースにもなっていたし、また、一番上には、この町の中で最も高いところなので見晴らし台があったはずだ。もちろん、有名な城ではないので、天守閣や石垣が残っているような場所ではない。まあ石垣があったのではないかというような大きな石が残っていたりするが、それもなんとなく散らかっているような感じでしかない。まあ、城山ならば、あまり人が入ることもないので、何か隠すことはできるかもしれない。
しかし、その近辺に何人もの人々が暮らしたり隠れたりするような場所はなかったような気がする。戦後70年たって、再開発されてつぶされてしまったのかもしれない。それとももともと何もなかったのか。
「城山の他には」
「八幡神社の後ろの山、それに、妙心寺の裏山などだ」
「どれも、女や子供でも登れる場所だな」
「ああ、確かに」
「しかし、どの山も多くの人間が隠れられるような場所はないと思うが」
「そう思うだろう。しかし、地下壕の司令部の地図によると、入り口が様々にあって、そこから各山の近に洞窟があるらしい。」
「洞窟。もしかして、昔々、この辺の大名が城の石垣を作るために石を掘っていたがそのことか」
「ああ、それだ」
「なるほどな」
善之助は感心した。昔の人は、この山の形を崩さない、いや、山そのものを戦略の場所として考えていたので、山のあちこちに洞窟を掘り、そしてその石を切り出して石垣などに使っていたのである。普通ならば表面から、現在の採石場のように使えば楽なのであるが、そうではなく、山に空洞を作ることによって、敵が来た時に様々なところから兵を出したり逃げたりできるようにしていたのだ。そのような洞窟が現在も残り、善之助の小さいころには、山の中で遊んで子供が消えてしまう、つまり神隠し事件がたまにあったという。変なところからその子供が出てくるなんて言うことは少なくなかったのである。
「では、その洞窟の中にあるのか」
「それならば、爺さん、神隠し事件か何かがあった時にとっくに見つかっているだろう」
「確かに」
「しかし、爺さんいい線言っているよ。その五つの隠れ場所に何かがあって、そこに五つの宝石を置くか、何かすると、東山資金があるらしい。司令部の神には『五か所の子供に宝石を持たせ、その後か所の子供が力を合わせれば、国を興す新たな力が沸く』と書いてあったんだ」
「そうか。五か所の子供が力を合わせる。つまり、町全体が力を合わせなければ、場所がわからないということなんだな」
「そういうことだ」
善之助は少し肩を落とした。まだまだ道は長い。そもそも、この二人には宝石も一つもないのである。
「これからどうする」
「まずは、その後人の子供、今や爺さんになっているかあるいは死んでいるかもしれないだろ。そいつらを探す」
「なるほどな。頼むよ」
「ああ、しかし猫の置物からかなり変な方向に言ったな」
「ああ、でもこんなものかもしれない。」
そういうと、次郎吉はこの日はなぜかそこでゆっくりした。地下壕はよほど疲れたのかもしれない。