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エンデバー

2020.06.12 23:37

切り取った夜空には、流れる星すら見えないけれど。


「この部屋から東京タワー見えたんだね。」


冷たいガラスに、赤い頬のさくらが映る。


「そんなの見えるか?」


見えるよ、と口を尖らせるさくらの肩越しに俺は目を細めた。


夜闇に紛れた高層ビルの群れは、昼間の姿からは想像もつかないくらいおとなしく落ち着いている。


「見えたでしょ?」


何がそんなに嬉しいのか、さくらは声を弾ませた。


「見えねえじゃん。」


俺がそう言うと、大野くんの目が悪いんだ!と、さくらはそっぽを向いた。


さくらは以外に短気だ、と思う。


すぐにいじけるし、口をきかなくなる。


二言目には「大野くんの馬鹿」、だ。


だけど、さくらのそんなところも案外嫌いじゃない。


振り回されることですら、ああ、俺は今そんな距離にいられるんだ、と喜びすら沸いてくる。


「俺もすっかりマゾ体質にされちまったよな。」


「何言ってんの、大野君。」


何でもねえよ、とさくらの肩を抱き寄せてみた。


細い小柄な肩の上で、キャラメル色の柔らかなボブヘアが揺れた。


俺とさくらは小学三年のときの同級生だ。


あの頃からもうすでに十年余り。


俺はさくらを傷つけ、あいつは俺の傍から離れた。


生まれて初めて、神様を恨んでみたりした。


俺たちの道が交わることなんてないと思ったし、二度と振り向くこともないと思っていた。


誰かが言っていた。


本当に運命なんてものがあるなら、何度でも繰り返す、って。


本当だ、きれいごとなんかじゃなかった。


俺の隣にはまだ東京タワーが見えた、と遠くを睨むさくらがいる。


一度は離れた俺とさくら。


でも見ろよ、神様。

この狭いワンルームで、手を伸ばせば届く距離にいる。


「あ!ほら東京タワー!」


まだ言ってるし。


さくらに腕を引っ張られ、窓の奥を覗きこむ。


「あ。」


「でしょう?」


遥か遠く、霞むくらい先に確かに飴色の東京タワーが見えた。


自慢気にさくらは俺を見る。


「おまえ、やっぱりすごいな。」


「今さら!」


東京タワーなんて今さら珍しくもなんともないのに、なんだか奇跡みたいに思えた。


それがあんまり綺麗で、さくらは隣にいてくれて。


「あれれ、大野くん。」


「何だよ。」


あれれ、と笑う。


知ってるよ、おまえが笑うのも無理ないよな。


「そんなに涙もろかった?」


「おまえが泣かすから。」


「まるこのせい?」


ああ、満ちていく。


離れていた時間も、幼い過去も全部が満たされていく。


そして涙を拭うと、暖かな夜がどこまでも広がっていた。