Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

皆既日食の朝。

2020.06.13 05:49

太陽が隠れる。


宇宙の神秘に巷は浮き足立っている。


昼間が明るいのは、太陽があってこそなのに。


それが闇に変わることを、なぜだか手放しでは喜べないのは私だけではないはずなのに。


彼は、ロマンがないと笑うのだ。


そういうあなたは、一体いつから銀河だ浪漫だ思いを馳せるようになったの。


その繊細な容姿に相反して、野心家な所。


実は、熱情的に誰かを求めるとか。


そんな、粗削りなあなたがとても気に入っていたのにね。

「城ヶ崎は相変わらず秘書課の有望株なんだな。」


「どういう意味?」


「先輩がさ、城ヶ崎を紹介しろって。うちの課長もお前をベタ褒め。」


「当たり前でしょう、秘書課の中でもトップに立たなきゃ。何の為にこの見た目に生まれたかわかんないじゃない。」


「お前って、つくづく女帝だな。」


ちょっと誰が女帝よ、と舌打ち混じりに息をつく。


高層ビルの屋上は、日食を待つ社員で溢れている。


黒のプラスチックをかざして皆、空を仰ぐ姿が滑稽だった。


「その先輩て。大野みたいに、容姿も仕事も私に釣り合う男?」


彼のラルフローレンのワイシャツには、綺麗にアイロンのプレス跡が見て取れた。


ネクタイもスーツも、全てにおいて彼の良さを引き立たせる。


やはり、“彼女”の見立ては完璧なのだ。

 

「知らねえの?営業一課のすげえ有名な男前。」


そんな人いたかしら?


営業一課も何も、この会社で良い男。


あなたくらいしか知らないわ。


そんなこと、口が裂けても言わないけどね


「さくらさんはどうしてる?」


「最近つわりが酷くてさ。毎日トイレから離れらんない。飯も全く食えないんだ。」


「子供を産むって大変なのね。」


「すげえよな、あいつには本当頭上がんねえよ。」


端から見ている社員達は、私と彼が並ぶだけで騒めき立つ。


こんな風に私と彼を繋ぐのは唯一、“彼女”の存在だけだなんて知りもしないのだ。


「子供生まれたら世界一周したい。」


「何言ってんの?」


「て、あいつが言うんだ。」


「さくらさんらしい。」


「今日の朝も多分一番はしゃいでた。」


「銀河の浪漫だ、って?」


「間違いない。」


目に浮かぶ、彼女の笑顔が。


あなたは、彼女をどんな風に守るのかしら。


その節張った手で、低く通る声で彼女を。


そんな途方もないことをぼんやりと考えている内に、月は太陽を飲み込んで行った。


当たりからその神秘に感嘆の声が漏れる。


隣の彼からも。


そんな横顔を闇が包む。


「その先輩、会ってみてもいいわよ。」


「超女王様だな。了解、伝えておくよ。」


この日食を、本当は誰と見たかったなんて言わなくても分かってる。


だけど、この朝を心待ちにはしていなかった私でも、今はその浪漫とやらに酔いしれたいと思っているの。


滑稽だわ。


次の日食は幾十年先、その日の朝には私も胸をときめかせているといい。


そんなことを思いながら、再び顔を出した太陽に目を細めた。