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アンダー・ザ・レインボウ。

2020.06.13 05:57

後悔なんて、とうの昔に捨てた。


どうしてそうなってしまったのかは正直なところ皆目検討が付かない。


ただ言えるのは、今見上げている天井にこれっぽちも見覚えが無いということ。


そして酷く頭が疼くということ・だ。


またか、と私は半ば呆れて深く息を吸った。


今度は誰とだ、と徐(おもむろ)に傍らを見遣ればまだ深い呼吸を繰り返していた。


くたくたのシーツを僅かにずらし、その寝顔を拝んだところでようやく私は目を醒ました。


しっかりと閉じられた瞼がやけに切れ長で(日本人の色気とはこれなのか)、薄い唇が規則正しく時間を紡いでいる。


その輪郭には、一晩経ってにわかに生えた無精髭、見覚え無いどころの騒ぎではない。


そこにいたのは平岡、紛れもないただの幼なじみの彼だ。


何だ寝顔は案外あどけないのね、なんて一瞬でも過ぎった自分がつくづく汚い女に思えた。


酒に潰れてようが潰れてまいがこういうことは決して珍しい事でもおかしなことでもない。


そういう事ももうお互い大人ならば割り切れるだろう、そうじゃないなら首突っ込まないでよ・のスタンスの私は、それが相手にもよるのだとこの時初めて知ったのだ。


やってしまったものは仕方がないと思う反面、掌はうっすら汗ばんでいた。


そうだ、この頭痛は夕べの芋焼酎。


柄にもなくこの男に煽られて深酒をした結果だ。


普段、専ら洋酒党の私は「苦手なんだ焼酎。」と、そんな事を言われて引っ込みがつかなくなったのだ。

馬鹿だ、大馬鹿者だ。


膝を立ててそこに顔を埋めてみた。


プラムグレイのシーツの波間にもう一度深い息を落とした。


「何だ、城ケ崎。起きたの?」


鼻下まで引き上げたシーツの隙間から、覗く瞳と目が合う。


「ここってさ。」


「俺んちだよ、言うまでもないか。ねえ、俺まだ五分だけ寝ていい。」


朝は得意じゃないんだよね、と再びのろのろと瞼を閉じた。


「そっか。」


何が納得なのか全く理解出来ないでいたが、今はそう答えるので精一杯だった。


そうではない。


「いや、ちょっと。ねえ、、」


「何?あと五分待ってってば。」


薄目でごり押しされては黙るしかない。


そしてちょっきり五分後に「潰れてたから仕方なく連れて来たんだよ。」と、平岡は何の悪びれもなくそう告げた。


「ああ、それじゃあ介抱してくれたってこと?」


そして私が自分の服汚しちゃったかで今この姿、それなら感謝だ。


「それもそうだけど、え。やることはやっちゃったよ?」


覚えてない?


血の気の引く音ってやつをこの時私は初めて聞いた。


「ううん、いいの。何となく覚えてるような覚えてないような、これが夢だったらラッキーって思ってただけ。」


「残念、これが現実で。」


「飄々してんじゃないわよ。」


自分の声がこめかみを叩く。


それに便乗して、この上ないくらいの不快さを平岡に投げつけた。


「でも俺はラッキーかな、さすがに昨日は無理だった。」


あんな幸せそうにされたんじゃ、もう終わったんだって思わざるえない。


「城ケ崎だってそうだろ?」


傷を舐め合う相手すらいないなんて、悲し過ぎる。


ベッドボードに浅く背中を預け皮肉っぽく笑う。


彼ならそんな風に笑ったりはしないだろう。


「あんたと一緒にしないでよ。」


「あれ、違った?城ケ崎は絶対そうだと思ってたんだけど。」


「私はあんたみたいに粘着質じゃない。」


確かに誓いのキスには堪えたけどそんな事承知の上で、何よりやっぱり私は彼女が幸せそうにしている姿を焼き付けたかったのだ。


「初めてだったんだ、一生一緒に居てほしいなんて思ったの。他の子なんて掠りもしない位。」


その横顔は決して余裕がある訳でも無く、ほんの少し弾みを付けたら決壊寸前・そんな風に見えた。


「泣いちゃえば。」


男の泣き顔なんてまっぴらごめんと思っていたのに、口を付いて出た言葉に私は思わず舌打ちしたい気分だった。


「いいの?」


「え、本気?」


「どっちだよ。」


そう唇を尖らせた平岡と目が合ってにわかに笑みを浮かべた次の瞬間には、体が傾いで抱き竦(すく)められていた。


それはもう目茶苦茶に。


昨晩の彼を思い出した。


朧げだけど何度も何度も彼女の名前を呼んでいた。


さくら、さくら、と。


そして私も一度だけ、彼の名前をつぶやいたんだと思う。


大野、と。


彼女は私達が呼べば必ず微笑み返してくれるだろう。


だけどそれはこれっぽちも慰めにはならないのだ。


「好きだったの、私。きっと誰にも負けない位、本当に好きだったの。」


頬が熱いせいか、平岡の肩口は心地好かった。


「泣いちゃえば。」


さっきの私の台詞をオウム返しされる。


「言われなくてもそうするわよ。」


「え、何それ。」


からかうようにつぶやいた平岡の言葉に、それ以上私は口を開くことが出来なかった。


昨日の式で架かっていた虹を思い出した。


直前まで土砂降りの雨だったのだ。


私がひっそりと鼻を啜れば、平岡がまた少し抱きしめる腕に力を込めた。


ほとんど不本意な今の状況、だけど私の目に映ったのはやっぱり窓の向こうに架かった虹だった。


私がこの部屋を訪れる事は無いのだろう。


きっと二度と無い。


だけど今は唯一泣ける場所で有ることに間違いはない。


この腕を拒まない事が何よりの証拠。


そう思うとやっぱり泣けて来て、とうとう私もその背中を抱きしめたのだった。