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3.例えば、きみの話。

2020.06.13 16:24

どうしてだろう。


まだ鮮明に、君を思い出せてしまう。

基本前向きだし、過ぎた恋人の事も振り返らない。


仕事も気付けば中堅ラインだし、それなりに貯金も出来るようになった。


日々が目まぐるしく過ぎても、不思議と私の中に焦りはない。


「笹山、来週末予定ある?」


雑然としたオフィスの唯一の癒し、昼休み。


応接室の一角で女子社員が六人、ランチを摂る。

先輩の週末の誘いは決まって合コン。


短大を卒業して五年、この会社の入社歴も同様彼女達の事は大方検討がつくようになった。


「先月オープンしたとこのフロア担当が、超イケメンでさ!この前思い切って連絡したら合コンが決まりました。」


やっぱり、と内心思いながら先輩の行動力に感心した。


先輩はつい先日メンテナンスしたばかりのネイル(道理でラインストーンがいつもの倍!)で、コンビニの握り寿司をつまみながら声高らかだった。


「百貨店って、レディースでも男の人が担当するんですね。」


「まあ、女性っていう暗黙のルールとかないけど大体女だからね。それか、ちょっと上のおじさんと若い姉ちゃん。若いメンズがまるまる一人担当って珍しいかも。」


ふうん、なんて相槌をつきながらランチボックスの隅を突いた。


「だから笹山、空けておいてね。」


「はい、ありがとうございます。」


と、これは殆ど恒例のやり取り。


二年間付き合った彼氏はそつないサラリーマンで、やはり合コンで知り合った。


連絡はまめでは無かったが、仕事が終われば私の帰りを待って食事をし、手を繋いでほんの僅かオフィス街を歩いた。


それはそれは、他人も羨む彼だった。


別れを切り出したのは彼から、私達はとても気が合っていたしいつだって相手を一番に思いやっていた。


唯一、私達にずれが生じていたとすれば彼が随分結婚を望んでいて、それに私が中々踏ん切りが着かなかった事だろう。


別れの理由(わけ)をはっきりと聞いた訳ではなかったが、その後で婚約したと耳にしたので恐らくそうだろう、と思っている。


そんな彼とも会わなくなって一年が過ぎ、私は誘われるまま半ば日課の様にその会に足を運ぶのだ。


どこかで僅かに、淡い期待を抱きながら。


当日の新宿はいつも通りの賑わいだった。


会社から集合場所へと向かう私は、店舗回りから向かう先輩達を待ちながら道過ぎる人々をぼんやり眺めた。


その多さと目まぐるしさに、息をするのも忘れてしまいそうになるのは上京した頃から変わらない。


五分も経てば一人また一人と集まり、約束の時間に余裕を持たせて全員が揃ってしまった。


そうこうしてる内に、お相手のサラリーマン達がこちらに気が付き、いつもよりも声高に挨拶を交わした。


確かに百貨店の営業マンと言うだけあって皆、こ洒落たスーツをいとも容易く着こなしていた。


先輩達も彼らのその佇まいと、予約してもらった店の雰囲気で既に満足そうに笑っていた。


『彼』の存在に気が付いたのは、駆け付けのビールで乾杯したすぐ後だった。


先程から飲み物が来るまで頻(しき)りに会話を繋ぎ、忙しなく食事を決める男。


黒やグレーのストライプスーツの中、ブラウンのスーツを飄々と纏(まと)っている。


妙な気分だった、声も仕草もどこか知っている様な感覚が気持ち悪かったが、そんな彼から一度目を逸らしてから脳裏を過ぎった。


「杉山くん?」


彼は私のそんな問い掛けに今日初めて口を閉じ、そして目を丸くした。


「笹山?」


そうだよ、と思わぬ再会につい声も大きくなる。


先輩や彼の同僚達の視線に気が付き、彼が幼なじみである経緯をかい摘まんで披露した。


そのくだりは、彼の彼女の事にたどり着き私はやはり良く知っている彼女が杉山くんと交際を続けている事実を知った。


そして杉山くんと彼女が付き合い始めた頃の私が彼に憧れていた事、思い出せば今でもちくりと痛み何となく目を逸らしてしまいたくなった。


杉山くんと彼女の付き合いは本当に長い。


それを情だと言う人もいるが、彼らの間に横たわるのはそんな半端な物ではない。


と、今目の前にいる杉山くんが纏う空気で私はそんな風に感じた。


彼を茶化す彼の同僚、恐らく今夜彼に少なからず何らかの好意を抱いた私の先輩、皆それ以上は言及出来ない事を感じたに違いない。


それは、杉山くんが今ここには居ない彼女を守るような形で。


久方振りの同級生との再会は、過ぎた月日の長さを痛い程思い知った。


それはやっぱり、彼が彼女と付き合い始めた頃に感じた物に良く似ていた。


この晩のビールはやけに淡泊で苦く、しょっぱかった。