STORY
2020.06.14 05:38
きらめく日差し、蝉の声。暑い夏の日。
母の声に、幼い私は慌てて長靴をはき、軽のバンに乗り込む。
バンは線路を越え、 大通りを渡って 果物畑の中を
白い入道雲が伸びる山にむかって ぐんぐん登っていく。
着いた先はブルーベリー畑。
青い空、碧い山が近く、夏でもウグイスの声がきこえる高山村・福井原にある。
真剣に実を摘む母を横目に、小さな手でカゴを握りしめ、実を食べるのに忙しい。
飽きたら、口の周りや舌を紫色にして、沢山実が入ったカゴを羨む私に
「食べてたら貯まるわけないじゃない」と母は笑っている。
虫を追ったり、探検している間に、畑の一角に出来上がるゴザの特製休憩所。
そこには手作りクッキーやサンドイッチが並んでいて、暑さにうれしい凍ったゼリーもあった。
走りまわった子どもが飛び付かないはずはなく、畑で食べるおやつは、いつでも全部おいしかった。
ひとまわり涼しい風と水、遠くには北信五岳とアルプスが見える。
風でゆれる樹々の音しかない、ゆっくりの時間。
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いろんなことを教えてくたその畑は、実は、なくなった。
両親の仕事が忙しくなり、ブルーベリーを世話する時間がなくなった畑は藪になったのだ。
寂しかったけど仕方がない、と諦めていた。
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そして、あれから何年も経った2019年のある日。一本の電話が。
「高齢のため福井原のブルーベリー畑を手放そうと思っている。」
引取り手がいなければ更地にすると聞いた時、心に渦巻いたのは、余りある、幼い日の夏の思い出だった。
いまの私には、力も想いもある。大切だったあの畑の時間を繋いでいきたい。
「私が目の前の手を取らなくてどうする」と、ブルーベリー畑をはじめ今に至るのです。
Blueberry1st. 代表 植木淑恵